んで?」
「おめえより一足さきに、この小屋へ飛びこんで来たのだ」
 と聞いて与吉、急に気が強くなって、
「ヤイ! ヤイ! チョビ安といったナ。ふてえ畜生だ。こんなところへ逃げこんでも、だめだぞ。さ、その壺をけえせ!」
 と、どなったのだが、チョビ安はけろりとした顔で、
「何いってやんで! 小父ちゃんこそ、おいらからこの包みをとろうとして、追っかけて来たんじゃアねえか。乞食のお侍さん、あたいを助けておくんなね。この小父ちゃんは、泥棒なんだよ」

       二

 与吉はせきこんで、
「餓鬼のくせに、とんでもねえことを言やアがる。てめえが其箱《それ》を引っさらって逃げたこたア、天道さまも御照覧じゃあねえか」
「やい、与吉、おめえ、天道様を口にする資格はあるめえ」
 左膳のことばに、与吉がぐっとつまると、チョビ安は手を拍《う》って、
「そうれ、見な。あたいの物をとろうとして、ここまでしつこく追っかけて来たのは、小父ちゃんじゃあねえか。このお侍さんは、善悪ともに見とおしだい。ねえ、乞食のお侍さん」
 与の公は、泣きださんばかり、
「あきれた小倅《こせがれ》だ。白を黒と言いくるめやがる。やい! この壺は、こどものおもちゃじゃねえんだぞ。こっちじゃア大切なものだが、何も知らねえお前《めえ》らの手にありゃあ、ただの小汚《こぎた》ねえ壺だけのもんだ。小父ちゃんが褒美《ほうび》をやるから、サ、チョビ安、器用に小父ちゃんに渡しねえナ」
「いやだい!」チョビ安は、いっそうしっかと壺の箱を抱えなおして、
「あたいのものをあたいが持ってるんだ。小父ちゃんの知ったこっちゃアねえや」
 眼をいからした与吉、くるりと裾をまくって、膝をすすめた。
「盗人|猛々《たけだけ》しとはてめえのこったぞ。いいか、現におめえは、おいらの預けたその箱をさらって、ドロンをきめこみ、いいか、一目山随徳寺《いちもくさんずいとくじ》と――」
「うめえうそをつくなあ!」
 とチョビ安は、感に耐えた顔だ。
 与吉、ピタリとそこへ手をついたものだ。
「チョビ安様々、拝む! おがみやす。まずこれ、このとおり、一生の恩に被《き》やす。どうぞどうぞ、お返しなされてくだされませ」
「ウフッ! 泣いてやがら。おかしいなあ!」
「なにとぞ、チョビ安大明神、ところてんじくから唐《から》日本の神々さま、あっしを助けるとおぼしめして――」

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