掛け声、跫音《あしおと》、一合二合と激しく撃ちあう響き!
 あれ! 栄三郎様、勝って! 勝って! と弥生が気をつめた刹那、※[#「てへん+堂」、第4水準2−13−41]《どう》ッ――と倒れるけはいがして、続いて、
「参った! お引きくだされ、参りました」という栄三郎の声、はっとして弥生がのぞくと、竹刀を遠くへ捲《ま》き飛ばされた諏訪栄三郎、あろうことか、板の間に両手をついている!
 わざとだ! わざと負けたのだ! と心中に叫んだ弥生は、きっと歯を噛《か》んで駈け戻ったが、こみ上げる涙は自分の居間へ帰るまで保たなかった。障子をあけるやいなや、弥生はそこへ哭《な》き伏した。
「わたしを嫌ってわざと負けをお取りになるとは、栄三郎さま、お恨みでございます! おうらみでございます。ああ――わたしは、わたしは」
 胸を掻き抱いて狂おしく身をもむたびに、緋鹿子《ひかのこ》が揺れる。乱れた前から白い膚がこぼれるのも知らずに、弥生はとめどもない熱い涙にひたった。
 この時、玄関に当たって人声がした。
「頼もう!」
 根岸あけぼのの里、小野塚鉄斎のおもて玄関に、枯れ木のような、恐ろしく痩せて背の高い浪人姿
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