」に傍点]の与吉が、
「ざまあ見やがれ、畜生! 御託《ごたく》をならべるのはいいが、このとおり形なしじゃあねえか」
と!
見得ばかりではなく、江戸の遊び人のつねとして、喧嘩の際にすばやくすべり落ちるように絹裏《きぬうら》を張りこんでいる半纒に、栄三郎の顔を包んで一気にねじ倒そうとするところを――!
するりと掻いくぐった栄三郎。ダッ! と片脚あげて与吉の脾腹《ひばら》を蹴ったと見るや、胡麻《ごま》がら唐桟《とうざん》のそのはんてん[#「はんてん」に傍点]が、これは! とよろめく与吉の面上に舞い下って、
「てツ! しゃらくせえ……!」
立ちなおろうとしたが、もがけばいっそう絡《から》みつくばかり。あわてた与吉が、自分の半纒をかぶって獅子《しし》舞いをはじめると……。
「えいッ!」
霜の気合い。
栄三郎の手に武蔵太郎が鞘走って、白い光が、横になびいたと思うと、もう刀は鞘へ返っている。
血――と見えたのは、そこらにカッと陽を受けている雁来紅《はげいとう》だった。
門前、振袖銀杏のかげからのぞいていた源十郎は、この居合抜きのあざやかさに肝《きも》を消して、もとより与吉は真っ二つに
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