ち帰りを願いました金子《きんす》に間違いが――ありはしなかったかと番頭どもが申しておりまして、それで手前がおあとを追って、失礼ながらお金を拝見させていただくようにと、へい、こういうことで出て参りましたが、いかがでございましょう。ちょっとお見せくださいますわけには?……」
言葉を切って、与吉はじっと栄三郎の顔色をうかがった。
正覚寺の山門をおおいつくして、このあたりで有名な振袖|銀杏《いちょう》の古木がおいしげっている。黄いろな葉をまばらにつけた梢が、高い秋空を低くさえぎって、そのあいだから降る日光の縞に、栄三郎の全身には紫の斑《ふ》が踊っていた。
無言のまま与吉を見すえていた栄三郎、何を思ったかくるり[#「くるり」に傍点]と踵《きびす》を返して、いそぎ足に寺の境内《けいだい》へはいりかけた。
「あの、旦那さま!」
与吉の声が追いかける。
「ついて来るがいい」
と一言、栄三郎は本堂をさしてゆく。
すこし離れて、置き捨ての荷車のかげからようすを眺めていた源十郎は、栄三郎に従って与吉も寺内へはいって行くのを見すますと、跫音を忍ばせて銀杏の幹に寄りそった。
急に参詣てのはへんだが
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