ながら、
「いらっしゃいまし――おや! これは鳥越《とりごえ》の若様、お珍しい……」
 釣られて源十郎が振り向くと、三座の絵看板からでも抜けて来たような美男の若侍が、ちょうど提《さ》げ刀をしてはいってくるところ。
 兼七の愛嬌には眼でこたえて、そのまま二、三人むこうの番頭へ声をかけた。
「やあ、彦兵衛《ひこべえ》。今日は用人の代理に参った」
「それはそれは、どうも恐れ入ります。さ、さ、おかけなすって……これ、清吉《せいきち》、由松《よしまつ》、お座蒲団を持ちな。それからお茶を――」
 源十郎、これで気がついてみると、自分にはお茶も座蒲団も出ていない。

 用人の代理といって札差し両口屋嘉右衛門の店へ来た諏訪栄三郎のようすを、それ[#「それ」に傍点]と知らずに、じっとこちらから見守っていた源十郎は、ふと[#「ふと」に傍点]眼が栄三郎が袖で隠すようにしている脇差の鐺《こじり》へおちると、思わずはっ[#「はっ」に傍点]として眼をこすった。
 平糸まき陣太刀づくり……ではないか!
 とすれば?
 もちろん、それは左膳の話に聞いた坤竜《こんりゅう》丸、すなわち夜泣きの刀の片割れに相違あるまい。

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