向きは浪々でも、その実、太守の息がかかっている。
 この乾坤二刀を土産に帰れば、故郷には、至上の栄誉と信任、莫大な黄金と大禄が待っているのだ。
 出府と同時に、本所法恩寺前の鈴川源十郎方に身をよせた左膳は、日夜ひそかに鉄斎道場を見ていると、年に一度の秋の大仕合に、乾雲坤竜が一時の佩刀《はいとう》として賞に出るとの噂《うわさ》。
 それ以来、待ちに待っていた十月初の亥《い》の日。
 横紙破りの道場荒しも、刀の番《つがい》をさこうという目的があってのことだった――。
「老主を始め、十人余りぶった斬って持ち出したのだ。抜いて見ろ」
 ……なが話を結んだ左膳、片眉上げて大笑する。重荷の半ばをおろした心もちが、怪物左膳をいっそう不覊《ふき》にみせていた。
 すわりなおした源十郎、懐紙をくわえて鞘を払い、しばし乾雲丸の皎身《こうしん》に瞳を細めていたが、やがて、
「見事。――鞘は平糸まき。赤銅《しゃくどう》の柄《つか》に叢雲《むらくも》の彫りがある。が、これは刀、一本ではしかたがあるまい」
「ところが、しかたがあるのだ。源十、貴様はまだ知らんようだが、雲は竜を招き、竜は雲を呼ぶと言う。な、そこだ!
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