を痩狗《そうく》の形にやつ[#「やつ」に傍点]して、お江戸八百八丁の砂ほこりに、雨に、陽に、さらさなければならなかったか。
 そこには、何かしら相当の原因《いわく》があるはず。
 珍しく正座した左膳の態度につりこまれて、源十郎の顔からも薄笑いが消えた。
 二人を包む深沈《しんちん》たる夜気に、はや東雲《しののめ》の色が動いている。
 ただ廊下に立ち聞くおさよは、相馬中村と聞いて、危うく口を逃げようとしたおどろきの声を、ぐっ[#「ぐっ」に傍点]と両掌《りょうて》で押し戻した。
 六万石相馬様は外様衆《とざましゅう》で内福の家柄である。当主の大膳亮は大の愛刀家――というより溺刀《できとう》の組で、金に飽かして海内《かいだい》の名刀|稀剣《きけん》が数多くあつまっているなかに、玉に瑕《きず》とでも言いたいのは、ただ一つ、関七流の祖|孫六《まごろく》の見るべき作が欠けていることだった。
 そこで、
 どうせ孫六をさがすなら、この巨匠が、臨終の際まで精根を涸《か》らし神気をこめて鍛《う》ったと言い伝えられている夜泣きの大小、乾雲丸と坤竜丸《こんりゅうまる》を……というので、全国に手分けをして物色
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