てていようという人物。それに本所きっての悪御家人旗本が十人ばかりと、つづみの与吉などという大一座に、年増《としま》ざかりの仇っぽい女がひとり、おんなだてらに胡坐《あぐら》をかいて、貧乏徳利を手もとにもうだいぶ眼がすわっている。
「お藤《ふじ》、更けて待つ身は――と来るか、察するぞ」
 誰かがどなるように声をかけるのを、櫛《くし》まきお藤はあでやかに笑い返して、またしても白い手が酒へのびる。
「なんとか言ってるよ……主《ぬし》に何とぞつげの櫛、どこを放っつきまわってるんだろうねえ、あの人は。ほんとにじれったいったらありゃしない」
「手放し恐れ入るな。しかしお藤、貴様もしっかりしろよ。あいつ近ごろしけ[#「しけ」に傍点]こむ穴ができたらしいから――」
「あれさ、どこに?」
「いけねえ、いけねえ」与吉があわてて両手を振った。
「そう水を向けちゃあいけませんやあねえ。姐御《あねご》、姐御は苦労人だ。辛気《しんき》臭くちゃ酒がまずいや、ねえ?」
 どッ! と浪のような笑いに座がくずれて、それを機に、一人ふたり帰る者も出てくる。
 櫛まきお藤は、美しい顔を酒にほてらせて、男のように胡坐の膝へ両手を
前へ 次へ
全758ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング