間に狂い立った弥生、血を吐くような声で絶叫した。
「栄三郎様ッ、斬って! 斬って! あなたのお手にかかれば本望ですッ……さ、早く」
栄三郎がひるむ隙に、松の垂れ枝へ手をかけた左膳、抜き身の乾雲丸をさげたまま、かまきりのような身体が塀を足場にしたかと思うと、トンと地に音して外に降り立った。
火のよう[#「よう」に傍点]――じん[#「じん」に傍点]の声と拍子木《ひょうしぎ》。
それが町角へ消えてから小半刻《こはんとき》もたったか。麹町《こうじまち》三番町、百五十石|小普請《こぶしん》入りの旗本|土屋多門《つちやたもん》方の表門を、ドンドンと乱打する者がある。
「ちッ。なんだい今ごろ、町医じゃあるめぇし」寝ようとしていた庭番の老爺《ろうや》が、つぶやきながら出て行って潜《くぐ》りをあけると、一拍子に、息せききって、森徹馬がとびこんで来た。
「おう! あなた様は根津の道場の――」
御主人へ火急の用! と言ったまま、徹馬は敷き台へ崩れてしまった。
土屋多門は鉄斎の従弟、小野塚家にとってたった一人の身寄りなので、徹馬は変事を知らせに曙の里からここまで駈けつづけて来たのだ。
何事が起こっ
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