胸へ突きあげてくる。
 鉄斎は起って来て、栄三郎をにらみつけた。
「これ、卑怯者、竹刀を取れ!」
 栄三郎の口唇《くちびる》は蒼白い。
「お言葉ながらいったん勝負のつきましたものを――」
「黙れ、黙れ! 思うところあってか故意に勝ちをゆずったと見たぞ。作為《さくい》は許さん! もう一度森へかかれッ!」
「しかし当人が参ったと申しております以上――」
「しかし先生」徹馬も一生懸命。
「エイッ、言うな! 今の勝負は鉄斎において異存があるのだ。ならぬ、今いちど立ち会え!」
 この騒ぎで誰も気がつかなかったが、ふと見ると、いつのまに来たものか、道場の入口に人影がある。玄関の侍が、いくら呼んでも取次ぎが出ないのでどんどんはいりこんで来たのだ。
 相変わらず片懐中手《かたふところで》、板をさげている。
 鉄斎が見とがめて、近寄っていった。
「何者だ? どこから来おった!」
「あっちから」
 ぬけぬけとした返事。上身をグッとのめらせて、声は優しい。一同があっけにとられていると、今日の仕合に優勝した仁《じん》と手合せが願いたいと言う。
 名は! ときくと、丹下左膳《たんげさぜん》と答える。流儀は? と
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