さびしい道をあるいていく時の気もち……ちょうどあれだった。背骨がしいんとして、腰の蝶番《ちょうつがい》が今にもはずれそうに思われる。駈け出すわけにはいかず、そうかといって振り返ることもできずに、与吉は半ば死んだ気でフラフラと往還《みち》のみちびくがままにたどってゆく。
すぐあとから泰軒先生が、一升徳利を片手にぶらさげ、鬚《ひげ》の中から生えたような顔に微笑を浮かべて悠々閑々《ゆうゆうかんかん》とついて来るのだった。
珍妙|奇天烈《きてれつ》な二人行列。
それが、陽うららかな宇都宮街道を、先が急げば後もいそぎ、緩急|停発《ていはつ》ともに不即不離《ふそくふり》のまま、どこまでもどこまでもと練っていくところ、人が見たらずいぶんおもしろい図かも知れないが、当《とう》の与吉の身になると文字どおり汗だくの有様で、兄哥《あにい》すっかり逆上《あが》ってしまっている。
どうも薄気味の悪いことこのうえない。
もうすこし離れてつけてくるのなら、こっちも駒形の与の公、なんとかして撒《ま》く才覚も生まれようというものだが、こうピッタリかかとを踏まんばかりにくっついていられては、どうにもこうにも考えることさえできないのだ。
それも。
おい! とか、コラ! とか声でもかけてくれるならまだいい。そうしたら当方にも応対のしようがあって、おや! これはこれは乞食の旦那様、お珍しい! はて、どちらへ?――ぐらいのことが、スラスラと出ない与吉でもないし、じっさいその問答の二、三も心中に用意があるのだが、こんなに押し黙ってついて来られると、先方が普段からの苦手なだけに、与の公、手も足も出ないで、亡者《もうじゃ》のような心地。
その亡者のような与の公と、お閻魔《えんま》さまの蒲生泰軒とが、ぶらりぶらりと野中の一本道を雁行《がんこう》していくのだ。
小金井をたって下石橋、二里半の道で宇都宮……大通りを人馬にもまれて素どおり。
もうそぼそぼ暮れだが、与吉はこんなつれといっしょに[#「いっしょに」は底本では「いっしよに」]旅籠《はたご》をとる気にもなれない。で、町を突っきり、夜道をかけて今度はどんどん足を早め出した。
いけない!
やっぱりスタコラついて来る。
黙りこくって、影のようにうしろに迫りながら押っかぶさるようにしてついてくるのだ。
与吉もこれにはすっかり往生したが、振り返りでもしようものなら、そのとたんにぽかんと拳固《げんこ》がとんできそうな気がするし、一度などは与吉が道路にしゃがんでわらじを結びなおすと、泰軒は平然とそばに立って待っている始末で、駒形名うてのつづみの与吉、まるで大きな荷物をしょいこんだ形でほとほと閉口《へいこう》してしまった。
無言のまま同行二人。
真夜中の白沢。
氏家《うじいえ》。
喜連川《きつれがわ》――喜連川|左馬頭《さまのかみ》殿御城下。
夜どおしがむしゃらに歩きつめて、へとへとに疲れきった与の公のうえに、さく山あたりで暁の色が動きかけた。
脚は棒のようになる。眼はくらむ。狩り立てられた狼のようになった与吉、ひとこと泰軒が声をかけたら即座に降参してすべてをぶちまけ、すぐに江戸へ引っ返すなり、ことによったらこのままどこへでも突っ走ってしまおうと思っていると……。
泰軒は平気の平左。
ときどき貧乏徳利をぐいと傾けてひっかけながら、口のなかで、謡曲《うたい》の一節。
明《あけ》の月が忘れられたように山の端《は》にかかって、きょうもどうやら好晴らしい。うす紫の朝|靄《もや》には、人家が近いとみえて鶏の声が流れ、杉木立ちの並ぶ遠野の果てに日の出の雲は赤い。
はるかに連山の残雪。
ふっと近くに馬のいななきがきこえてゆく手の草むらにガサガサと音がしたので、与吉がびっくりして立ちどまると、放し飼いの馬が二、三頭、ヌッと鼻面を並べて出した。
「なんでえ! 驚かしゃがらア! シッ! どけ、どけ! シイ――ッ!」
と、馬とわかって、与の公急に強くなっていばりだしたものだから、よほどそれがおかしかったとみえ、
「はっはっはッは……」
うしろに泰軒の笑い声。
与の公、とうとう泣き顔をふり向けて悲鳴をあげた。
「旦那《だんな》! 先生! 人が悪いや、あっしをこんなに追いまくるなんて――ねえ、旅は道づれ世は情けって言いまさあ。ひとついかがで、御相談いたしやしょう」
と与吉、大道商人が客をつかまえたように小腰をかがめて手をもんだ。
「相談……とは、なんじゃ」
与吉を見おろして立ちはだかった泰軒のぼろ姿に、さわやかな朝の光が徐々《じょじょ》と這い上がっている。
与吉は首をなでたり頭をかいたり、眼まぐるしく両手を動かしながら、
「テヘヘヘヘ、どうも先生、旦那、いや殿様――ッてのも変だが、そう意地にかかってついて来
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