れたものだから、ここはなんとあっても、その鈴川てえお旗本が伊兵衛親方をバッサリ殺《や》ったものに違えねえのさ」
「そうとも! それにきまってらアな、南のお奉行様が、いざ手におくだしになるまでにゃアすっかりお調べがとどいているんだ。その御眼力にはずれはねえ。しかもお前、そのめしもりの女ッてエのが、また途法《とほう》もねえ阿婆摺《あばず》れだってえじゃアねえか」
「そうよそうよ! 櫛まきのお藤と言ってナ、江戸お構えだったのが、江戸で見つかったんだけれど、お情けの筋あって東海道へ放されたんだそうだが、こんどは引き売りてえ新手《あらて》の詐偽《かたり》を働いて、そいつもいっしょにつかまったとよ。ひき売りてえのは、お前のめえだが、男がお藤を宿場へ売って、あとから行ってすぐに連れ出すのよ。つづみの与吉てエ野郎だそうな、相手の男は」
「するてえと、お藤と与吉と鍛冶富と三人お手あてになったわけかえ?」
「アアそうよ。鍛冶富はかかりあいだが、みんな江戸へ送られてナ、きょうはいよいよ本所の鈴川様へ御用十手が飛びこんだのだ」
「化物旗本め、今ごろは手がうしろへまわっているに相違ねえ」
この話し声を、わが身に縁のうすいことのようにボンヤリと聞きながら、お艶がふらふらと橋の欄干に寄ると、世は移り変わり、象《かたち》はちがっても、我欲《がよく》をあらわに渦をまく人の浪。
茜《あかね》いろの夕陽が天地をこめて、お艶の影を、四辻の土に黒く長くななめに倒している。
河岸に灯がはいって……夢のよう。
江戸の祭りは、そのまま夜に入る。
底本:「林不忘傑作選1 丹下左膳(一) 乾雲坤竜の巻」山手書房新社
1992(平成4)年7月20日初版発行
「林不忘傑作選2 丹下左膳(二) 続・乾雲坤竜の巻」山手書房新社
1992(平成4)年7月20日初版発行
※「田原町《たわらちょう》」と「田原町《たわらまち》」の混在は、底本通りです。
入力:門田裕志、小林繁雄
校正:花田泰治郎
2005年9月16日作成
2005年12月2日修正
青空文庫作成ファイル:
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