というはずがないッ。拙者はどこまでも押しあがって家《や》さがしをするからそう思え!」
 いうが早いか源十郎、片手なぐりにおやじを払いのけておいて、ドンドンまつ川の家の中へ踏みこんでみると!
 ちょうど突当りの小廊下に、チラとのぞいた女の影!
「お! お艶ッ、待てッ」
「あれッ!」
 同時に両方が声をあげた。その声音は源十郎が夢にうつつに耳に聞くお艶の調子!――だから源十郎、勇士が敵陣へでも進むかっこうで、パタパタと廊下を鳴らして奥へ走った。
 と!
 すでにそこにはお艶の姿はなく、この狂気めいた武士の闖入《ちんにゅう》に、家の内外に人の立ちさわぐのが、聞こえるばかり……ポカンとした源十郎が、血走った眼でそこらを見まわす!
 すぐ前に、桟《さん》のほそい障子を閉《た》てきった小部屋がひとつ、何かをのんでいるように妙にシンと静まり返っている。
「此室《ここ》だナ! うむ、お艶め、これへ逃げこんでひそんでおるに相違ない」
 われとうなずくと同時に、源十郎はフト障子に手をかけてサッとひらいた。
「ワッはっはっは」
 この、とてつもなく大きな笑い声が、まず源十郎をうった最初のおどろきだった。
 何者?……眼を凝《こ》らして見る――までもなく。
 部屋の中央に、むこう向きに大胡坐《おおあぐら》をかいて大盃をあおっているぼろ袷《あわせ》に総髪の乞食先生……。
 意外も意外! 蒲生泰軒だ!
「やッ! 貴様はッ?」
 思わずたじたじとなる源十郎へ、ゆったりと振り返って投げつけた泰軒の言葉は、いつになく強い憎悪と叱咤《しった》に燃えたっていた。
「たわけめッ! いささかなりと自らを恥じる心あらば、鈴川源十郎、サ! そこに正座して腹を切れイッ!」
「ウウム……」
 うめいた時に源十郎は、腹を切るつもりかどうか、とにかくパッ! と腰間の秋水《しゅうすい》、もう鞘を走り出ていた。
 泰軒はすわったまま、ジイッ!――源十郎をにらみあげている。
 ふしぎ!
 どうしてこのお艶の部屋に、泰軒先生が来あわせていたのか……といえば!

 水の音がするので、ふと気のついた左膳は、小走りの足をとめて谷間へおりると、清冽《せいれつ》なせせらぎにかわいた咽喉を湿《うる》おした。
 弥生のいどころが知れて本所の化物屋敷からここまで息せききって急いで来た左膳である。
 もうあの、向うにこんもりと見える繁《しげ》み
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