、あわてふためきながらもソレッ! と蜘蛛の子のように跳び隠れて、一瞬のうちには、みなあちこちの地上に腹這いになったものらしく、見わたす八幡の底に立てる人影もなく、ただ草を濡らす血潮と死体から腥風《せいふう》いたずらにふき立って月の面をかげるばかり剣闘の場も一時は常の春の夜に返ったと見えた。
騒擾《そうじょう》の夜の静寂は、ひとしお身にしみる。
ことに夜……その不気味な休戦には、いっそ血を浴びていたほうが、まだましだと思わせる緊張がはらまれていた。
早いあけぼの。
栄三郎と山東平七郎は。
泰軒と月輪軍之助は。
また、かの丹下左膳は。
かれらも、共同の敵なるこの玄妙飛来剣のまえには勝負を中止せざるを得なかったとみえて、どこにもそこらには立ち姿の見えないのは、いいあわしたように草に伏しているのであろう――。
じっさい、かの手裏剣は左膳をはじめ、月輪組を襲うのみならず栄三郎泰軒をも目標にしているものに相違なかった。
というのは、一度ならず二度、三度までも、例の小柄《こづか》が泰軒栄三郎の身辺に近く飛んで来て、ひとつは、栄三郎の腰なる武蔵太郎の鞘を殺《そ》いで落ちたことさえあったことだ。
この得体の知れない飛び道具にはせっかく腕に油の乗りかけて来た栄三郎も、また天下に怖いもののないはずの泰軒先生も、ちょっと扱いようがなくて、とにかくとっさに相手の月輪とともに地に伏さっているのだった。
左膳もどこかに這っているのであろう……しいんとした夜気に明け近い色がただよって、低く傾いた月は漸次に光を失いつつある。
ところどころに小高く見えるのは、斬り殺された月輪の士の死体だ。
この上に東天紅《とうてんこう》のそよ風なびいて、葉摺《はず》れの音をどくろ[#「どくろ」に傍点]の唄と聞かせている。
この休止のままに夜があけるのであろうか?――と、こちらの木かげからのぞき見るお艶がひとり気をもんだとき、白煙のような朝|靄《もや》のなかを小走りに遠ざかりゆく大小ふたつの人影が眼にはいったのだった。
猿まわしと小猿……夢を見ているのではないかと、お艶は眼をこすった。
さくら暦《ごよみ》
あすか山。この享保年中に植えしものには、立春より七日目ごろもっとも盛んなり。
王子|権現《ごんげん》。同七十七日目ごろよし。古木五、六株あり。八重にて匂いふかし。
すみだ川
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