も打ちこんでくるがよい」
 放言。依然として身うごきだにしない。
「しからば……」
 いいかけた軍之助の声は宙に消えて、同時に、早瀬をさかのぼる魚鱗《ぎょりん》のごとき白線、一すじ伸びきって泰軒の胸元ふかく!
 と思われた瞬間!
 パアッと砕け散ったのは、泰軒先生愛用の一升徳利で、それとともに泰軒は、つい[#「つい」に傍点]と軍之助の腕の下をくぐり抜けて、近くの月輪のひとりをダッ! 足蹴《あしげ》にしたかと思うと、その、はずみをくらって取りおとす大刀を拾い取るが早いか、やはり、のっそりの仁王立ちの、流祖自源坊案|不破水月《ふわすいげつ》のかまえ。
 つねに刀を佩《はい》しない巷の流人《るにん》泰軒居士、例によって敵のつるぎで敵をたおすつもりと見えるが、無剣の剣、できれば、これこそ剣法の奥極かも知れない。
 しののめとともに月輪のざわめき。
 それは、またもやこの乞食が刃物をとったという驚きと戒めの声々であった。
 しかし、泰軒は泰軒として、
 今宵の諏訪栄三郎のはたらきは神わざに近かった――。
 かれは、はじめに法勝寺三郎を斬り、それから四人を地にのめらせたのだが、この長時の剣戦に疲れるどころか、蒼白《そうはく》の顔にほほえみさえうかべ、殺眼に冷たい色を加えて、神変夢想の技《わざ》ますます冴えわたり、
「やッ!」
 と捲《ま》き剣、当面の相手土生仙之助のまえに武蔵太郎の斬っ先を円くまわしていたと見るや、
「うヌ! 参るぞ!」
 一喚! 終わらぬに先んじてッ……慕いよるまもなく、縦横になぎたてたその一下が仙之助の虚につけいって、ザクリッと右肩を割りさげられた仙之助、
「うわアッ! 痛ウウウ――!」
 おさえる気で肩へやった左手が手首まではいりこむほどの重傷だ。
 月のひかりに、アングリと口を開けた自分の肩を、仙之助はちょっと不思議なものと見た。
 が、つぎの一瞬、かれは再び栄三郎の一刀を臓腑《ぞうふ》に感じて、焼けるような痛苦のうちにみずから呼吸をひきとりつつあるのを知った。
 ぷうんと新しい血の香。
 その時だった! どこからともなく飛来した一本の短剣が、折りから栄三郎へかかろうとしていた岡崎兵衛の咽喉ぼとけに射《い》立ったのは……!

 猛鳥のごとく、宙を裂いて来た一梃の小剣、あわや跳躍に移ろうとしていた岡崎兵衛の顎下へガッ! と音してくいこんだ。
 と見る!
 
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