て行ったのは、月のない夜の丑満《うしみつ》すぎてからだった。
 さんざ時雨《しぐれ》のさざめきも夜なかまで。
 夢八のお艶が伊兵衛を送ってまつ川の門ぐちへ出たときは、さしも北里のるい[#「るい」に傍点]を摩《ま》するたつみの不夜城も深い眠りに包まれて、絃歌《げんか》の声もやみ、夜霧とともに暗いしじまがしっとりとあたりをこめていた。
 そとへ出るとすぐ、伊兵衛は夢八を押し戻すようにした。
「いや、お艶さん――、じゃアない、もう夢八姐さんだったね、はははは、ここでたくさん、夜風はぞっとします。風邪《かぜ》を引きこんだりしちゃアいけない。さ、構わずはいっとくんなさい。またね、何かつらいことがあったら遠慮なく言って来なさるがいい。お前さまは大岡様からの大事な預り人で、困って芸者に出る人じゃないから、嫌になったらいつでも廃業《よ》すこった。ここの親方は、さっきの話でも知れるとおり、よっくわかった仁《ひと》だから決してむりなことは言やしないが……マア気のすすまない座敷はドンドン断わって、保養に来たつもりでせいぜいきれいにして遊んでいなせえ。なみの芸者奉公たア違うんだから気を大きく持つんだよ。なアに、クヨクヨするこたアねえやな。またすぐにいい日が廻って来ようってもんだ」
「はい。何からなにまでお世話さまになりまして、お礼の言葉もございません」
「オッと! そんな固ッ苦しいこたアよしにしてもらおう。大岡様の御前様にゃ、わしからよく申しあげておくがね、お艶さん、お前さんなら大丈夫とにらめばこそ、あっしもこんなところへお前さまを預ける気になったんだから、イヤ、そこらに抜かりはあるめえが、世間にア馬鹿が多いからあっしも駄目を押すんだけれど、――いいかね、ひょんな間違いのねえように、これだけはくれぐれも頼みましたよ」
「ハイ。それはもう……」
「そうだろう、そう来《こ》なくちゃアお艶さんじゃアねえ。わしもそれで大きに安心をしました。だがヨ、見れば見るほど美《い》い女ッぷりだ。ア、なんだかまたわしはお前さんを残してゆくのが気になり出した。これでわしももう十年若いとね、およばねえまでも一つ口説《くど》いて見るんだが、ははははは――コラッ! 新公《しんこう》! てめえなんだってそうポカンと口を開けてお艶さんを見ているんだ? ソラ涎《よだれ》が垂れるじゃアねえかッ、この頓痴奇《とんちき》めッ! 汝
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