きな楼も軒をならべて、くだっては裏やぐら、すそつぎ、直助など――。
人も知る、後世|京伝《きょうでん》先生作仕かけ文庫の世界。そこのやぐら下の置屋まつ川というのに。
さきごろからお目見得に住みこんで来ていた若い美しい女があったが、容貌といい気性といい申し分ないとあって、この四、五日親元代りの大工伊兵衛と話しあいの末、きょうはいよいよ身売りの相談がなりたち、女は夢八と名乗ってまつ川から出ることになり、大工の伊兵衛は、今夜その金を受け取って新助《しんすけ》という若い者とともにさっきかえっていった。
こうしてやぐら下のまつ川からあらわれた新顔の羽織衆、夢八。
この夢八こそは、当り矢のお艶、というよりも、諏訪栄三郎の妻お艶が、ふたたび浮き世の浪に押され揉まれて、慣れぬ左褄《ひだりづま》を取る仮りの名であった。
伊達《だて》の素足に、意地と張りを立て通す深川名物羽織芸者……とはいえ、この境涯へお艶が身を落とすにいたるまでには、じつはつぎのようないきさつがあったのだった。
それは。
弥生と乾坤二刀のためにわれとわが恋ふみにじって栄三郎を離れて来たお艶、泰軒に守られて江戸のちまたをさまよい歩いたのち、泰軒は彼女を、もったいなくも大岡越前様に押しつけて、与吉を追って北国の旅へたってしまった。
そのあとで越前守忠相は。
正道に与《くみ》する意と畏友《いゆう》泰軒へのよしみとから、かげながら坤竜丸に味方しているとはいえ、そしてこのお艶は、その坤竜の士諏訪栄三郎の妻だとはわかっていても、家中の者の手まえ、不見不識《みずしらず》の若い女性を屋敷にとめておくわけにはゆかない。
といって、もとより帰る家なきものを追い出し得る忠相ではなかった。ましてや、これは泰軒から預かっている大切な身柄である。で、このうつくしい荷物にはさすがの南のお奉行さまもいろいろに頭をひねったあげくふと思いついたのが、ちょうどそのとき屋敷の手入れに呼ばせてあった出入りの棟梁、日本橋|銀町《しろがねちょう》の大工|伊兵衛《いへえ》のことだった。
伊兵衛棟梁は、もと南町奉行の御用をつとめたこともあって、手先としても、下素者《げすもの》ながら忠相の信任厚い老人だったが、いまでは十手を返上して、もっぱら本業の大工にかえり、大岡家をはじめ出羽様などに出入りして御作事方《おさくじかた》いっさいをうけたまわってい
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