ひそみ、いかにして月輪組をつけて来たか?
あれほど意をくばってきたになお尾行されているとは気がつかなかった……という月輪一同の不審ももっともで、ちちぶの深山に鹿を追い、猿と遊んで育った郷士泰軒、彼は自案にはすぎなかったが、隠現《いんげん》機《とき》に応ずる一種忍びの怪術を心得ていたのだ。
だからこそ、江戸でも、警戒厳重な奉行忠相の屋敷へさえ、風のように昼夜をわかたず出入するくらい、まして、自然の利物に富む街道すじに、多人数の一団をつけるがごときは、泰軒にとっては朝めしまえ、お茶の子サイサイだったかも知れない。
かくして。
一行にすこし遅れ、混雑にまぎれていわし屋の屋根うらへ忍びあがったかれ、いまその酒宴の真っただなかをはかってずり落ちてきたのだ。
泰軒の足もと近く、朱に染まった手に虚空《こくう》を掴んで動かない屍骸ひとつ。それは、跳びおりざま横|薙《な》ぎに払った剣にかかって、もろくも深胴をやられた大屋右近のなきがらであった。
ビックリ敗亡、あわてふためいたのはいわし屋の泊り客に番頭、女中、ドキドキ光る奴が林のように抜き立ったのだから手はつけられず、とばっちりをくってはたまらぬと、一同、さきを争って往来へ飛び出したのはいいが、なかには、狼狽《ろうばい》の極、胴巻《どうまき》とまちがえて小猫を抱いたり、振分けのつもりで炭取りをさげたり……いや、なんのことはない、まるで火事場のさわぎ。
この騒乱に地震と思って、湯ぶねからいきなり駈け出して出た女が、ひとり手ぬぐいを腰にうろうろしているのを見かけると、抜け目のない奴で、じぶんの荷だけはいっさいがっさい身につけ、担ぎ出したつづみの与の公、すばやく走りよって合羽を着せる、履物をやる、ごった返すなかでそのいきとどくこと、どうも此奴《こいつ》、いつもながら女とみるとばかに親切なやつで。
果たして、良人《おっと》と覚《おぼ》しき女の同伴《つれ》が飛んで来て、礼よりさきにどしんと一つ与吉を突きとばしたのは駒形の兄哥《あにい》一代の失策、時にとってのとんだ茶番であった。
それはさておき――。
おもて二階の剣場では。
気頃《きごろ》を測っていた泰軒が、突《とっ》! 手にした一升徳利を振りとばすと右側の轟玄八、とっさに峰をかわしてハッシと割る!
これに端を発した刃風血雨。
ものをも言わず踏みこんだ泰軒、サアッと敵の
前へ
次へ
全379ページ中242ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング