「へい」
「タタタタ、丹下は無事かッと申すに」
「へえ。さればでござりまする。どうもお殿様の前でげすが、あの方ぐれえ御無事な人もちょいとございませんで、へい[#「ございませんで、へい」は底本では「ございませんで、 へい」]」
「ナ、何を言うのか。き、貴様の言語は余《よ》にはよく通《つう》ぜん」
「なにしろ、やっとうのほうがあのお腕前でございましょう? 江戸中の剣術使いが一時にかかったって丹下様には太刀打ちできねえという、いえ、こりゃアまあ、こちとら仲間の評判なんで……お殿様もお眼が高えや、なんてね、しょっちゅうお噂申しあげておりますでございますよ、お噂を、ヘヘヘヘ失礼ながら」
 何がどうしてなんとやら――自分でもいっさい夢中で、ただもうここを先途《せんど》とべらべらしゃべりたてている与吉を大膳亮は、いささかあきれてのぞきこみながら、
「キキ、貴様、気がふれたか」
 と言いかけたが、寒がりの大膳亮、夜風を襟元へうけて、すばらしく、大きな嚔《くしゃみ》を一つ――ハックシャン!
 これに驚いて与の公、きょとんとしている。
 そのうちにだんだん落ち着いてきた与吉が、ますます縁の真下へにじり寄って、丹下左膳からいいつかって来たことを、思い出し思い出し申しあげると!
 黙って聞いていた相馬大膳亮、大柄な顔が見るみるひき歪んで、カッと両眼を見ひらいたばかり、せきこんで来ると口がきけないらしくやたらに鼻の下をもぐもぐさせて床から乗り出して来た。
 その半面に、明りが奇怪にうつろう。
 ――関の孫六夜泣きのかたな……乾雲《けんうん》丸と坤竜《こんりゅう》丸。
 丹下左膳が、昨年あけぼのの里なる小野塚鉄斎、神変夢想流《しんぺんむそうりゅう》の道場を破って、巧みに大の乾雲丸を持ち出したことから、その後のいきさつ、覆面《ふくめん》火事装束の一団の出現、坤竜の諏訪栄三郎に蒲生泰軒という思わぬ助けがついていて、おまけに左膳が顎《あご》を預けている本所の旗本鈴川源十郎があんまり頼みにならないために諸事意のごとく運ばず、乾雲は依然として左膳の手にあるものの、いまだに二剣ところを別して風雲《ふううん》急《きゅう》を告げ、左膳は今どっちかというと、苦境におちいっているかたち……これらの件を細大《さいだい》洩らさず、順序もなしに与吉は、じぶんのことばでベラベラと弁じあげたのち、エヘン! とちょっとあら
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