もしようものなら、そのとたんにぽかんと拳固《げんこ》がとんできそうな気がするし、一度などは与吉が道路にしゃがんでわらじを結びなおすと、泰軒は平然とそばに立って待っている始末で、駒形名うてのつづみの与吉、まるで大きな荷物をしょいこんだ形でほとほと閉口《へいこう》してしまった。
無言のまま同行二人。
真夜中の白沢。
氏家《うじいえ》。
喜連川《きつれがわ》――喜連川|左馬頭《さまのかみ》殿御城下。
夜どおしがむしゃらに歩きつめて、へとへとに疲れきった与の公のうえに、さく山あたりで暁の色が動きかけた。
脚は棒のようになる。眼はくらむ。狩り立てられた狼のようになった与吉、ひとこと泰軒が声をかけたら即座に降参してすべてをぶちまけ、すぐに江戸へ引っ返すなり、ことによったらこのままどこへでも突っ走ってしまおうと思っていると……。
泰軒は平気の平左。
ときどき貧乏徳利をぐいと傾けてひっかけながら、口のなかで、謡曲《うたい》の一節。
明《あけ》の月が忘れられたように山の端《は》にかかって、きょうもどうやら好晴らしい。うす紫の朝|靄《もや》には、人家が近いとみえて鶏の声が流れ、杉木立ちの並ぶ遠野の果てに日の出の雲は赤い。
はるかに連山の残雪。
ふっと近くに馬のいななきがきこえてゆく手の草むらにガサガサと音がしたので、与吉がびっくりして立ちどまると、放し飼いの馬が二、三頭、ヌッと鼻面を並べて出した。
「なんでえ! 驚かしゃがらア! シッ! どけ、どけ! シイ――ッ!」
と、馬とわかって、与の公急に強くなっていばりだしたものだから、よほどそれがおかしかったとみえ、
「はっはっはッは……」
うしろに泰軒の笑い声。
与の公、とうとう泣き顔をふり向けて悲鳴をあげた。
「旦那《だんな》! 先生! 人が悪いや、あっしをこんなに追いまくるなんて――ねえ、旅は道づれ世は情けって言いまさあ。ひとついかがで、御相談いたしやしょう」
と与吉、大道商人が客をつかまえたように小腰をかがめて手をもんだ。
「相談……とは、なんじゃ」
与吉を見おろして立ちはだかった泰軒のぼろ姿に、さわやかな朝の光が徐々《じょじょ》と這い上がっている。
与吉は首をなでたり頭をかいたり、眼まぐるしく両手を動かしながら、
「テヘヘヘヘ、どうも先生、旦那、いや殿様――ッてのも変だが、そう意地にかかってついて来
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