深い女でございます」
言葉はいつしかすすり泣きに変わっていた。
「けれども、こうやっていましたのでは、いつになったら埓《らち》のあきますことやら……所詮《しょせん》わたし故《ゆえ》にあなた様をこのままおちぶらせるようなもの――なにとぞお艶をお捨てなされて、存分にお働きくださいまし。一日も早く乾雲丸をお手におさめて弥生様と、弥生さまと――」
つっぷしたお艶、羽織を揉《も》みながらなみだのあいだからかきくどいた。
「それがお艶の一生のお願いでございますッ! でも……でも、こんなにまでして、心にもないふしだらを並べてお怒りを買わねばならなかったお艶のしん中もすこしはお察しくださいまし。あとで何もかもわかりますから、そうしたらたったひとこと不憫《ふびん》なやつと――栄三郎様ッ! 泣いてやって、泣いてやって……」
気も狂わんばかりにもだえたお艶は、ガバッと畳に倒れて羽織を抱きしめた。
別れともなくして別れた男の移り香が、羽織に埋めたお艶の鼻をうっすらとかすめる。
それがまた新しい泪をさそって、お艶はオオオオウッ! とあたりかまわず大声に泣き放ったが、折りよくいつのまにか隣家に近所の子供が集まって、キャッキャッと笑いながら遊びさわいでいたので、お艶はその物音にまぎれてこころゆくまで慟哭《どうこく》することができたのだった。
[#ここから2字下げ]
まわりまわりの小仏さん
まわりまわりの小仏さん
[#ここで字下げ終わり]
となりのさざめきはつのるばかり――お艶も何がなしに幼い気もちに立ち返って小娘のように泣き濡れていた。
出て行った栄三郎の涙と、残っているお艶のなみだと――。
父は早く禄を離れて江戸の陋巷《ろうこう》にさまよい、またその父を失ってから母とも別れて、あらゆる浮き世の苦労をなめつくしたお艶にとっては、義理の二字ほど重いものはないのだった。刀の分離といい弥生の悲嘆といい、すべては栄三郎が自分を想ってくださることから――こう考えるとお艶は、おのが恋を捨てても! と一|図《ず》に決して、さてこそあの、裏で手を合わせて表に毒づくあいそづかし……お艶も江戸の女であった。
何刻かたった。
お艶はじっと動かない。
眠っているのだ。
泣きくたびれて、いつしかスヤスヤと転寝《うたたね》におちたお艶、栄三郎がいれば小掻巻《こかいまき》一つでも掛けてやろうものを。
前へ
次へ
全379ページ中180ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング