はたといきづまっていたのだった。
五百石のお旗本が五十両にさしつかえるとは……考えられないようだが不義理だらけで首もまわらず、五十はおろかただの五両にも事欠く源十郎であった。
煩悩《ぼんのう》は人を外道《げどう》に駆《か》る。
ひとつ――殺《や》るかな……。
と、やみに刀をふるう手真似をしながら、かれが縁にあがりかけると、いつのまに来たのか、障子のなかに土生《はぶ》仙之助の鼻唄が聞こえていた。
江戸に、その冬はじめて雪の降った宵だった。
ふたつの涙《なみだ》
「ええ。どうせわたしはやくざ女ですともさ。そりゃアどこかの剣術の先生のお嬢さんのように、届きはいたしませんよ。ヘン! おあいにくさまですねえ」
お艶はちょっと口をへの字に曲げて憎《にく》さげに栄三郎を見やった。
不貞腐《ふてくさ》れの横すわり――
紅味を帯びたすべっこい踵《かかと》が二つ投げ出されたように畳にこぼれているのを、栄三郎は苦しそうに眺めて眼をそらした。
どんよりと曇った冬の日だ。
いまにも泣きだしそうな空模様の下に、おもて通りの小間物屋のほし物が濡れたまましおたれ気にはためいているのが、窓の桟《さん》のあいだから見える……もの皆が貧しくてうす汚《きたな》い瓦町の露地の奥。と、突然、となりの左官の家で山の神のがなり立てる声が起こった。
「なんだい、この餓鬼《がき》アッ! またこんなところに灰をまきゃアがって! ほんとに、ほんとに性懲《しょうこ》りのねえ野郎だよ。父《ちゃん》にそっくりだッ!」
つづいて、ピシャリ! と頭でもくらわすらしい音。わアッ! と張りあげる子供の泣き声――ピシャピシャピシャとおかみの平手は、自暴《やけ》に子供の頬へ飛んでゆくようすである。
なんという暗い、ジメジメした世の中であろう!……若い栄三郎のこころは、その悩ましい重みに耐えられない気がしてきて、無理にも作った和《なご》やかな笑顔を、かれはお艶へむけた。
「ぱっとしない天気だな。雨……いや、雪になろうも知れぬ。お前、頭痛はどうだ?」
お艶が、ふん! とそっぽを向くと、こめかみに貼った頭痛|膏《こう》が、これ見よがしに栄三郎の眼にはいる。
かれは再び、にがにがしく眉を寄せた。
ぽつん――と、不自然に切れた静寂のなかに、険悪な気がふたりを押し包んでいる。
まことに雨、雪、いや、暴風雨にも
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