んで、痛いッ! と泣き声をあげられた時は、大岡越前守忠相、にこやかな笑顔を向けて丁寧《ていねい》に詫びた。
 しかし、
 駒形を行きつくして、浅草橋近くなったころは、与吉も追っ手も影を失って、栄三郎もはじめてあきらめたものか、悄然《しょうぜん》とゆるんだ歩を、そこから折れて瓦町のとある露地へ運び入れた……市のにぎわいをうしろに。
 忠相が後から声をかけた。
「彼奴《きゃつ》、稀代の韋駄天《いだてん》、駿足《しゅんそく》でござるな、はははは、それはそうと、貴殿、落とし物はござらぬかの?」
 振り返った栄三郎は、そこに、見おぼえのない上品な武士が立っているので、思わずむっとして問い返した。
「拙者に何か仰《おお》せられましたか」
「いや、ただいまのさわぎ……彼者《かのもの》は、貴殿にこの書面を捻じこんでいったに相違ござるまいと存ずる。なに、これはただ拙者の推量だが、はははは、いかがでござるな?」
 との忠相の言葉に、栄三郎は、はっと気がついたようにじろりと忠相を見やりながら踵《くびす》をめぐらそうとしたが!
 今のいままで手につかんでいたはずの左膳の手紙が! どこでいつ落としたものかなくなっているので、おや! と忠相の手もとを見ると!
 これはまたどうしたというのだ。
 いつ、どこで拾ったものか、皺くちゃのその手紙がちゃんと忠相の手にあるではないか。
「やッ! そ、それは――」
 と、あわてふためいた栄三郎が、われを忘れて跳びかかろうとするとヒョイとさがった越前守忠相、手にした封書の裏おもてを、じらすように栄三郎の面前にかざしてにっこりした。

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諏訪栄三郎殿
[#ここで字下げ終わり]
[#地から9字上げ]隻腕《せきわん》居士 丹下左膳拝

「いかにもその手紙は、拙者の落としたもの。不覚……ともなんとも言いようがござらぬ、恥じ入ります。お拾いくだされた貴殿にありがたく厚くお礼を申します。いざ、お渡しを願いたい――」
 これが町奉行の大岡越前守とは知る由もない栄三郎、よし零落《おちぶ》れて粗服《そふく》をまとうとも、面識のない武士には対等に出る。かれは必死に狼狽《ろうばい》を押しつつんで、こう言って二、三歩進み出たが、忠相は同時にあとへさがって、
「お手前が諏訪栄三郎といわるる。それはよいが、これ、裏に丹下左膳――隻腕居士拝とある。そこで諏訪氏貴殿に
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