そこには、位の高い知名な身の自分が、今こうして市井《しせい》の巷を庶民に伍《ご》してもまれもまれて徒歩《ひろ》っているのを誰ひとり知るものもないという、稚《おさな》い、けれども満ちたりたよろこびなどはすこしもなかった。もっとも以前ひそかにこの府内巡行をはじめた最初のうちは、彼にもそうした悪戯《いたずら》げな気もちが、まんざらないでもなく、街上をゆく者や店々に群れさわいでいる男女が、なんらかのはずみで自分が大岡越前であることを知ったら、かれらはどんなにか驚き、恐れ、且《か》つあわててそこの土に平伏することであろうか――こう考えると、忠相はいまにも誰かにみつかりそうな気がしてならなかったり、時としては、余は南町の越前である! と叫びあげたい衝動に襲《おそ》われたりしたものだが、しかし、それは昔のことである。
いまの忠相は、すっかり枯れきっているのだ。
かれは何らの理屈も目的もなしに、中老の一武人として、寂《さ》びた心境のなかに日向《ひなた》の町を歩いているだけで、言いかえれば、この、浅草の歳の市をひやかしてゆく、でっぷりとふとった上品なお侍は、南町の名奉行大岡越前守忠相ではなく、江戸の一市民にすぎないのだ。だから、向うから来て、自然と顔を合わせてすれちがう多くの者が、誰も気がつかずに往くのにふしぎはないのだった。
奉行といえども二本の脚がある以上、こっそり町を歩いたとてなんの異やあらん――忠相はこう思っている。その気でどこへでも踏みこんでゆくのだから、お付きの者は人知らぬ気苦労をしなければならないので、いつもおしのびを仰せ出されると、みなこそこそいなくなったり急に腹痛《はらいた》を起こしたりするのがつねだった。
伊吹大作は人が好いので、ほかの者に代りを押しつけられてたびたびお供をしているうちに、根がお気に入りだけに、このごろでは市内巡視には必ず大作がおつき申し上げることにいつからともなく決まってしまっているのだが、これがなかなか大汗もので、さすがの大作、正直なところ迷惑《めいわく》しごくと腹の底でこぼしている。
ことに今日!
ところもあろうに浅草の市なぞへおみ足が向こうとは思わなかった!
と大作、人浪に押し返されて、くるしまぎれに恨んでいるが、この大作の心中には頓着《とんじゃく》なく、忠相は身体を斜めにしてどんどん進みながら、つと眼についた一軒の仮店に首
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