土生《はぶ》仙之助が珍しそうにおさよを見送って言う。
「うむ。前のは使いが荒いとこぼして暇を取っていった。あれは田原町《たわらちょう》三丁目の家主《やぬし》喜左衛門《きざえもん》と鍛冶屋富五郎《かじやとみごろう》鍛冶富《かじとみ》というのを請人《うけにん》にして雇い入れたのだ。よく働く。眼をかけてやってくれ。どうも下女は婆あに限るようだて。当節の若いのはいかん」
「へっへっへっへっ」隅《すみ》で頓狂《とんきょう》に笑い出したのは、駒形《こまがた》の遊び人与吉だ。
「ヘヘヘ、使いが荒いなんて、殿様、なんでげしょう、ちょいとお手をお出しなすったんで……こう申しちゃなんですけれど、こちらの旦那と来た日にゃ悪食《あくじき》だからね」源十郎は苦笑して、生き残った蛾が行燈に慕いよるのを眺めている。
 本所の化物屋敷と呼ばれるこの家[#「この家」に傍点]に今宵とぐろをまいている連中は、元小《もとこ》十人、身性が悪いので誘い小普請入りをいいつかっている土生仙之助を筆頭に、いずれも化物に近い変り種ばかりで、仙之助は、着流しのうしろへ脇差だけを申しわけにちょいと横ちょに突き差して肩さきに弥蔵《やぞう》を立てていようという人物。それに本所きっての悪御家人旗本が十人ばかりと、つづみの与吉などという大一座に、年増《としま》ざかりの仇っぽい女がひとり、おんなだてらに胡坐《あぐら》をかいて、貧乏徳利を手もとにもうだいぶ眼がすわっている。
「お藤《ふじ》、更けて待つ身は――と来るか、察するぞ」
 誰かがどなるように声をかけるのを、櫛《くし》まきお藤はあでやかに笑い返して、またしても白い手が酒へのびる。
「なんとか言ってるよ……主《ぬし》に何とぞつげの櫛、どこを放っつきまわってるんだろうねえ、あの人は。ほんとにじれったいったらありゃしない」
「手放し恐れ入るな。しかしお藤、貴様もしっかりしろよ。あいつ近ごろしけ[#「しけ」に傍点]こむ穴ができたらしいから――」
「あれさ、どこに?」
「いけねえ、いけねえ」与吉があわてて両手を振った。
「そう水を向けちゃあいけませんやあねえ。姐御《あねご》、姐御は苦労人だ。辛気《しんき》臭くちゃ酒がまずいや、ねえ?」
 どッ! と浪のような笑いに座がくずれて、それを機に、一人ふたり帰る者も出てくる。
 櫛まきお藤は、美しい顔を酒にほてらせて、男のように胡坐の膝へ両手を
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