っては艶《えん》な情景だったのだろう、両手を帯へ突っこんだ土生仙之助は、舌なめずりをしながらそうしたお藤の崩態《ほうたい》にあかず見入っていたが、つづみ[#「つづみ」に傍点]の与吉は眼をそむけて……といってとりなす術《すべ》もなく、ただおろおろするばかりだった。
この、毎日の責め折檻《せっかん》。
それが、きょうも始まったところだ。
なんのため!
ほかでもない――あの首尾の松の下に乱闘の夜、左膳が栄三郎へ斬りつけた刹那に、櫛まきお藤がお艶をよそおって小舟へとんだため、栄三郎とあの乞食がすばやくつづいて舟を出してしまった。おかげでもう一歩というところであたら長蛇《ちょうだ》を逸《いっ》したのは、すべてお藤のしわざで、ひっこんでいさえすれば、見事若造を斬り棄てて坤竜丸を収め得たものを! さ、いったい全体だれに頼まれて、あんなところへお艶の身代りにとび出したのだ? はじめからあの場へ水を差して、こっちの手はずをぐれはま[#「ぐれはま」に傍点]にするつもりだったに相違ねえ。ふてえ女《あま》だ。なぶり殺しにしてくれる!
と左膳はお藤を自室に幽閉して日々打つ殴る蹴るの呵責《かしゃく》を加えているのだが、お藤は源十郎のために、お艶をさらう便宜をはかったにすぎないことは、左膳にもよくわかっていたから、ただひとこと殿様に頼まれて……とお藤が洩らすのを証《あかし》に源十郎へ掛け合うつもりでいるものの、それをお藤は、頑固に口を結んでいっかないわぬ。
がお藤にしてみれば。
自分がこんな憂目《うきめ》を見ている以上、今にきっと源十郎が割って出て、万事をつくろってくれるものと信じているのだが、源十郎はお艶のことでいっぱいで、左膳へ橋渡しをすると誓ったお藤との約束はもちろん、いまのお藤のくるしみも見てみぬふり、聞いて聞かぬ顔ですぎてきたのだった。
ほれた弱味――でもあるまいが江戸の姐御《あねご》だ。左膳を見あげたお藤が、ひとすじ血をひいた口もとをにっことほころばせると、一同顔が上がり端《ばた》へ向いた。
庭へ開いた戸ぐちを人影がふさいでいる。
例の女物の長襦袢をちらつかせた左膳、乾雲丸を引っさげてつかつかと進みながら、
「なんだ? 源十におさよじゃねえか。てめえたちに用のあるところじゃねえ! なにしに来た?」
と立ち拡がったが、源十郎はにやり笑ってそっとおさよを突いた。
前へ
次へ
全379ページ中82ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング