源十郎はいぶかしげに見守った。
「さよ、貴様、あれのことというといやにむきになるな」
「いえいえ! け、決してそんなことはございません!」おさよはどぎまぎして、「ただ、あのただ、わたくしにもちょうど同じ年ごろの娘があるもんでございますから、つい思い合わせまして、あのお艶が……いえ、お艶さんが一生お妾にでもあがるようなことになりましたら、さぞ楽をするであろうと――」
「そうだ。本人のためはいうにおよばず、もし血につながるものがあったら、父なり母なり探し出して手厚く世話をしてやるつもりだから、内実は五百石の後室とそのお腹だ。まず困るということはないな」
 こう源十郎がいいきると、おさよは思わずとりすがるように、
「殿様ッ! それはあの、御本心でございますか」
 すると源十郎、
「な、何を申す! 武士に二言のあろうはずはないッ!」
 といい気もちにそり返りざま、両刀をゆすぶるつもりで――左へ手をやったが、生憎《あいにく》丸腰。
 で、何かいい出しそうにじッ! とおさよを見すえた刹那《せつな》! 裂帛《れっぱく》の叫び声がどこからともなく尾をひいて陰々たる屋敷うちに流れると……。
 源十郎とおさよ、はた! と無言の眼を合わせた。

 と! またしても声が――
 ヒイッ……という、思わず慄然《ぞっ》とする悲鳴はたしかに、女の叫びだ!
 それが、井戸の底からでも揺れあがってくるように、怪しくこもったまま四隣《あたり》の寂寞《せきばく》に吸われて消える。
 源十郎は委細承知らしく、にが笑いの顔をおさよへ向けた。が、口にしたのはやはりお艶のことだった。
「では、さよ、貴様もあの娘の件にはばかに肩を入れておるようだが、いずれそこらの曰《いわ》くはあとで聞くとして――」
「いえ。曰くも何もございません。わたくしは先へ話をするつごうもあり、それにつけても何より大事な殿様のお心持をしっかり伺《うかが》っておきたいと存じましただけで……それも今度はよくわかりましてございます。はい。ほんとにお艶さんはしあわせだ」
 と、正直一図のおさよは、だんだん源十郎に感謝したい気になってきた。
「うむ、まあ、そういったようなものだが」
 狡猾《こうかつ》な笑《え》みをひそめた源十郎、つづけざまにうなずいて、
「いつまでも立ちばなしでもあるまい。近くゆっくりと談合して改めて頼むつもりでおる」
「頼むなどとは
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