知ってる秘密を享楽《きょうらく》するのにいっぱいだった。
 世の中には変なこともあるものだなあ。
 人間すべきものは長生だ。
 あの女は海から来て海へ帰るらしい。
 さてこそいつも濡れているわけだて。
 和泉屋は何もかも忘れてただこの白装束の女への不気味な興味ではち[#「はち」に傍点]きれそうだった。
 で、つけだしてから五日めの晩、例によって海岸の松のかげから女を見ていると、何を思ったか、女は浪打際でくるり[#「くるり」に傍点]と踵を廻らして、つかつかとその松の木の下へはいって来た。
 透かすようにして和泉屋を見つめている。
 おやじはあわてた。逃げようにも足が動かない。まごまごしていると、女が銀鈴のような声を出した。
「酒屋の主人《あるじ》であろう。このごろそなたがわたしをつけていることは早くから知っておりましたぞ。なろうことなら隠しておきとう思うたが、それも今は詮《せん》ないこと。そなたはわたしを何と思いやる?」
 おそろしく時代なせりふだが、とにかくそんなような意味のことをいったのだろう。
「へへっ。」
 和泉屋、だらしなく砂へ両手を突いた。女が訊いている。
「何と思いやるのう
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