。酒屋へ酒を買いにくるのだからこりゃ何の不思議もないはずだが、この女客だけはおおいに普通と変っていて、はじめて来た時から店じゅうの者の注意を集めたある日の夕ぐれ、蓮乗寺《れんじょうじ》の鐘が六つを打っているとどこからともなく一人の女が店へはいってきた。ちょうど晩めし前で、店さきで番頭小僧がしきりに莫迦話《ばかばなし》に耽《ふけ》っていたが、
「いらっしゃい――。」
 と見ると、女は凄いほどの整《ととの》った顔立ちで、それが、巫女《みこ》のような白い着物を着て、髪をおすべらかしみたいに背後《うしろ》へ垂らして藁で結《ゆわ》えている。そして、黙ったまま、幾つとなく並んでいる酒樽の中の一番上等なのを指さして、手にした、神前へ供えるような土焼きの銚子《ちょうし》をうやうやしく差し出した。
「この酒ですか。一合ですね。」
 こういって小僧が訊《き》くと、女はやはり無言でうなずいて、そこへ代価を置いて、酒の入った徳利を捧げるようにして帰って行った。
 あとでその小僧がこんなことをいった。
「長どん、雨が降っているとみえるね。」
「何をいってるんだよ。」長どんと呼ばれたもう一人の小僧は即座に打ち消し
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