。これはちょっとの間この女を死んだお婆さんの娘に仕立てれば、甲府の家主が持って来ているという二百両は、そっくりこっちの手へ転がり込む。この女へは一伍一什《いちぶしじゅう》を話して、すっかり話を合わしてもらい、まず娘と山分けとしたところで、いまここで百両はぼろい儲けだ――この相談は番頭と久兵衛のあいだにすぐにまとまって、小僧は草履を宙に飛ばして、馬喰町の相模屋から甲府の家主を呼んで来た。
家主が来て見ると、なるほど、話に聞いたお婆さんの娘に相違ない。黒子、金かんざし、いちいち証拠が揃っているし、それに家主が来るまえに万事久兵衛に吹っ込まれていた女は、母親と喧嘩して甲府の家を出てから諸国を流浪して歩いて、江戸でもあちこちこのかんざし一つを質におき廻って来たことなどぴったりと話が合うから、家主は飛び立つほど喜んで、もとよりすこしも疑わなかった。甲府の母が死んだと聞いて、娘は涙さえ見せたくらいである。これには久兵衛も番頭も内心ひそかに感心しているうちに、家主は宿の者にかつがせて来た二百両の小判を、そっくりそのまま女へ渡して、もう用が済んだいじょうは一刻も早く帰りを急ぐといって、早々に引き取って行った。あとで女と久兵衛と番頭が、顔を見合わせて笑った。がすぐに女が言い出したことには、山分けにして百両の小判を貰って行っても、裏長屋では使うこともできないから、小さいのに崩してくれとの頼みだった。もっともだというので、さっそく店じゅうの小銭を集めて、それだけ持たして女を送り出したのだったが――この甲府の大家の置いて行った小判というのが、巧妙なにせ[#「にせ」に傍点]金だったから、兼久は女に細かくしてやっただけ百両の損をして、そのうえ二百両のにせ[#「にせ」に傍点]金を背負《しょ》いこんだわけだった。
ところが、そもそも甲府の家主と名乗る男が兼久へその話を持って来たということを聞き込んだ時から、早くも怪しいと睨んでいた早耳三次が、絶えず馬喰町の相模に張り込んで、この日もそっ[#「そっ」に傍点]とあとを尾《つ》けて来ていたので、男が質屋から小銭をさらって出てくる女と物かげで落ち合っているところを難なく捕って押さえた。はじめから二人で仕組んだ芝居で、男も女も名代の仕事師だったが、驚いたことには女はあの豆店の源右衛門を痛めつけた小判づくりの女だった。
あの時の子役は借りものだったという。
底本:「一人三人全集1[#「1」はローマ数字、1−13−21]時代捕物釘抜藤吉捕物覚書」河出書房新社
1970(昭和45)年1月15日初版発行
初出:「講談雑誌」
1928(昭和3)年1月号
入力:川山隆
校正:松永正敏
2008年5月20日作成
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