に覚えもあるので、あちこちから材料や道具さえあつめれば、自分の手一つでこっそりその機械をつくり上げて、機械さえあればひと晩に十五、六枚の小判を作ることはなんでもないといった。しかもその小判は、いかにその道の役人が検べても、金座で吹いたものと寸分の相違はないのだ。これは源右衛門自身が経験してよく知っている。
役人がきわめをつけたいじょう、この女の作る小判はにせ[#「にせ」に傍点]ではなくてほん物なのだ!
源右衛門はとっさに考えた。それではこの女に資本を下ろしてやって機械を作らせ、どんどん小判をこしらえさせれば、たちまちにして分限者《ぶげんしゃ》になるわけだと――彼は声を小さくして訊いた。
「で、その機械をこしらえる費用は?」
「そうねえ。まず三百両あったらちょいと間に合うかねえ。」
そこで源右衛門は平蜘蛛のようになってこの福の女神を拝んだのだった。
翌朝《あくるあさ》さっそく息子の源七の手前を何とかつくろって、源右衛門はその金を女へ渡したのだったが――結果は知れている。女もその妹という子供も、それきり豆店へは帰って来なかった。言うまでもなく女の小判は金座方の手になったほんとの小判だったのだ。女は新しい小判を相当用意して来て、夜中に起きて鍋や釜を火箸ででも叩いたり擦ったりして、さんざん壁越しに源右衛門の注意を惹《ひ》いたのち、朝になると必ず子供に小判をもたせて出してやって、機《おり》を見て子供の口から源右衛門へ吹き込ませたもので――女が良くて、おまけに子供まで入っていたとはいえ、もとはといえば源右衛門の慾から出たことなので、豆店の人々は、まんまと三百両|騙《かた》り取られた源右衛門を当分物笑いにしていたが、ひょい[#「ひょい」に傍点]とこの話を聞き込んだのが、早耳という異名をとった花川戸の親分、岡っ引の三次だった。で、それとなくあちこちへ網を張ってその女を待っていると、間もなく思いがけないところでこの子供づれの女ぺてん[#「ぺてん」に傍点]師の尻尾を掴まえることができた。
第二話
そのころ駒形に兼久《かねきゅう》という質屋があって、女房に死なれた久兵衛という堅造《かたぞう》のおやじが、番頭と小僧を一人ずつ使って、かなり手広く稼業をしていた。花川戸の三次の家とはそう遠くもないし、町内の寄り合いや祭の評議などでよく顔が合うので、出入りというわけではなかったが、早耳三次も兼久とは親しく知り合っていた。
もう薬研堀《やげんぼり》にべったら[#「べったら」に傍点]市の立つのも間もないという、年の瀬も押し迫ったあるうすら寒い日だった。
おもてを行く人の白い息を格子のあいだから眺めながら、ちょっと客も途絶《とだ》えたので、番頭と小僧が店頭《みせさき》の獅噛火鉢《しがみひばち》を抱き合って、何やら他愛《たあい》もないはなしに笑いあってると、凍《い》てついた土を踏む跫音が戸外《そと》に近づいて、
「いらっしゃいまし。」
と、二人が言った時は、商家の大旦那風の服装《みなり》の立派な見慣れない男が土間に立っていた。
何か心配ごとでもあるらしく、突き詰めた顔で、主人《あるじ》は在宅かと訊く。これは質をおきに来た客ではないとわかって、番頭はすぐ小僧を奥へやって主人を呼ばせた。主人が出てみると、客は上り口の座蒲団《ざぶとん》に腰を下ろして、すぐこう口を開いた。
「これは兼久さんですか。いや私は尋ね人があって江戸じゅうの質屋を廻っているものだが、じつはね、こういう女があなたのところへ来ませんでしたか。いま、人相書をお目にかけますが――。」
言いながらごそごそ[#「ごそごそ」に傍点]懐中を探って、男は四つにたたんだ古い紙片《かみきれ》を取り出してひらいて主人のほうへ押しやった。見るとなるほど女の似顔が画いてある。二十《はたち》前後の美《い》い顔だった。兼久と番頭と小僧の六つの眼が紙へ落ちると、男も向う側から覗き込んで、説明の言葉を挾んだ。
「尋ね人と言ったって、何も別にお上の筋じゃあないから、ひとつ包まず隠さず話してもらいたいんだが、この女ですがね――年は二十そこそこ、なかなかの美人だ。が、眼にすこし険がある。ちょいとうけ口だね。背は高からず、低からず、中肉で色は滅法界《めっぽうかい》白い。服装《なり》は、さあ――何しろ旅から旅を渡り歩いているんだから、おそろしく汚のうがしょうが、なによりの目標《めじるし》てえのがこの右の眼の下の黒子《ほくろ》だ。ねえ。」と男は紙の似顔の黒点を指さしながら、「ねえ、こんな大きな黒子だから、誰だって見落すわけはない。さあ、仔細《しさい》はあとで話すとして、どうですね、この女がお店へ質をおきに立ち寄りませんでしたか。」
そう言われて久兵衛と番頭は、もう一度絵の顔を見直して思い出そうとつとめてみたが
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