《やすり》を」]かける響きや、そうかと思うと何をするのかわからないが、金と金との触れ合う音が断続して伝わる。源右衛門は、壁の穴を探して覗いて見ようとしたが、思い出したのは、隣の女が移って来るとすぐ、向う側から紙を貼って穴という穴はすっかり塞いでしまったことだった。
夜中に起きて細工をするとは何だろう?――と訝《いぶ》かしみながら寝床に帰った源右衛門は、かちかち[#「かちかち」に傍点]という音を耳にしながら、いつの間にか眠ってしまったのだった。
翌る朝早く、前の井戸で源右衛門が顔を洗っていると、隣の女の子が風呂敷を下げて使いに出て来た。
「お早よう、小父《おじ》さん。」
「お使いかね?」
女の子はうんと頷いて行き過ぎようとしたが、何ごころなくその手を見た源右衛門はびっくりした。子供が、眼のさめるような小判を握っているのである。
源右衛門は何も言わずに子供のうしろ姿を見送っていたが、やがて額に皺を寄せて考え込んでしまった。
そんなことが毎晩のようにつづいた。
源右衛門が気をつけていると、女はかならず夜中に例の金物の細工のような音をたてて、その翌る朝はきまって小さな妹が新しい小判をもって買物に出て行く。どの店へでも行ったらしいが、田中屋へもよくそのまあたらしい小判をもって来た。あんまりたび重なるので、源右衛門が自分でそれを集めて持って行って役人に検べてもらった。するとやはりまぎれもない天下の通宝だという。源右衛門は狐につままれたような心持ちで、ある日こっそり隣の女の子に訊いてみた。
「姉さんはよく光ったお金を持ってるね。どこからもって来るの?」
すると女の子が答えた。
「持って来るんじゃないよ。あれ、姉ちゃんが造るんだよ。」
源右衛門はぎょっ[#「ぎょっ」に傍点]として首をちぢめてあたりを見廻すと、そのまま家へ帰ってすぐつくづく考えた。
隣の女はにせ金を造っている。それはいいが、どこへ持って行っても、お役人に見せてさえ、天下のおたからとして折紙をつけられるのがへん[#「へん」に傍点]ではないか。さてはよほど上手なにせ金つくりとみえる。
と、ひとり呟いているところへ、案内もなくあわただしく隣の女がはいって来た。そっ[#「そっ」に傍点]と戸を閉めて源右衛門を見た女の顔は、血の気をなくしていた。
「まあ! いま妹が帰って来て聞いたんですけれど、あなたにとんだことを申し上げたそうで、どうも、お聞き流しを願います。これが知れましては私は大罪人、お情をもって御他言なさらないように――。」
「お前さん顔に似合わねえ凄いことをしなさるなあ。いや、人には話さないから安心しなさい。」
こう言って源右衛門が大きく胸を叩いて見せると、女はそれから打ちしおれて、るる[#「るる」に傍点]として自分の素性なるものを物語った。
それによると女は、日本橋のさる老舗の娘などと言ったのは嘘の皮で、じつはこうやって方々の貸家を移り歩いてはにせ[#「にせ」に傍点]の小判を造っている女悪党だとのことだった。これにはさすがの源右衛門も胆《きも》をつぶしてしまったが、それよりも彼の驚いたのは、女の拵《こしら》えた小判が、どこへもって行っても立派に通用するという事実だった。それを女に言うと、もうすっかり本性を出した女は、立膝かなんかで、源右衛門の煙管《きせる》を取り上げてすぱりすぱり[#「すぱりすぱり」に傍点]とやりながら、
「あい。それがあたしの手腕《うで》でさあね。もとは銅《あか》なんだけれど、ちょいとしたこつ[#「こつ」に傍点]で黄金《こがね》に見えるんだよ。あたしはこの術を切支丹屋敷《きりしたんやしき》の南蛮人《なんばんじん》に聞いたんでね。道具がちっとも揃ってないから、いくらかちかち[#「かちかち」に傍点]急いだってひと晩に一枚しきゃできやしない。ほんとにじれったいったらないのさ。」
これで源右衛門は二度びっくりして、
「道具がなくてひと晩に一枚しきゃできない? すると道具が揃えばひと晩にもっとたくさんできるのかい?」
女はすましていた。
「そうたくさんもできないけれど、まあ、十枚や十五枚はねえ。」
「そりゃ豪気《ごうぎ》だ!」
と思わず源右衛門が大声を出すと、女が手を振った。
「いやですよ、この人は。人に聞えたら私が困るじゃないか。」
源右衛門は頭を掻きながら膝を進めて、
「そ、その話はほんとかね?」
「だれが嘘を言うもんか、あたしの暗いところじゃないの。」
「で、その拵《こしら》える道具ってどんな物だね?」
「道具じゃない、機械だよ。」
と、女は答えて、源右衛門の出す紙と矢立《やたて》を取って、その、銅の板から小判を造りだすという南蛮伝授の機械なるものを図面にして画《か》いて見せた。そして、自分は委《くわ》しく聞きもしたし、細工物は手
前へ
次へ
全6ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング