投げ出した。ちゃりんと音のするのを見ると、思いがけなく、眼を射るような吹きたての小判だった。
「すばらしい物じゃないか。どっから手に入れた?」
源右衛門がこう言って訊くと、源七はにこり[#「にこり」に傍点]ともせずに小判を見つめながら、
「真物《ほんもの》ですよ、お父つぁん。」
と怖そうに声を低めた。
源右衛門はその顔を見つめて、
「なに? ほんものには相違あるまい。なぜそんな妙なことを言うのだ? 誰から受け取ったのだ?」
すると源七は、それでも疑い深そうに、小判を指さきへのせて弾いてみながら、
「まあ、本物でよござんしたがね――。」
と、つぎのようなことを語りだした。
今朝がた、店《たな》をあけて間もなくだという。
源右衛門の隣りの家の女の児が、風呂敷包みを下げてお米を少し小買いに来たのだったが、その時、女の児が米代としておいて行ったのがこの小判だった。豆店の新参ものの女からこんな見事な小判で買物に来たのだから、店のほうでも一応は不審を抱いて、子供を待たしておいて源七が裏から小判を持って出て、そっと近所の役人に鑑定《めきき》してもらうと、まぎれもない金座で吹いた小判だというので、源七は安心して、米とおつりを渡したのだったが、小判が真物《ほんもの》であればあるだけ、どうしてあの家具一つ持たない女が、子供に小判を握らせて米を買いになどよこすのか、考えて見ればそれが少し妙に思われるとの源七の言葉だった。これには源右衛門も同感だった。で、一応それとなく気をつけてみることにして、その日はそれで豆店へ帰ったのだった。
家の前を通りがけにちらとなかを覗くと、女は風呂にでも行ったらしく留守だった。小判がほん物であるいじょう、たとえ誰が持って来ても、疑う筋合いはないようなものの、無一文に破産をしたという隣の女とあの吹きたての小判とを結びつけて考えることは、源右衛門にはどうしてもできなかった。
その晩のことである。
真夜中過ぎていたが、そんなことや何かが気になって源右衛門の眠りは浅かったとみえる。ふと金のかち合うような音を耳にしたと思って、源右衛門は眼を覚ました。たしかに隣の家で、金物の細工でもしているらしい音が、忍びやかに聞えてくる。源右衛門は、そっと立ち上って壁に耳をつけた。まぎれもなく金属を細かくたたく音や、鑢《やすり》を[#「鑢《やすり》を」は底本では「鑪
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