んご》を釣る現場を明瞭《はっきり》見たとでも言いましたかえ。」
「めっそうな!」
「そんならいってえ、何を証拠《たて》に、お藤さんに疑《うたげ》えをかけたんですい?」
 なんでも番頭の話では、お藤が店へはいると間もなく、そこにあった珊瑚が一つ失くなったことに気がついたので、店じゅう総出で探したが見当らないから、この上はと理解を付けてお藤を奥へ伴《つ》れて行き、一応身柄をさぐろうとしたら、お藤はその手を振り解いて泣きながら逃げ帰ったという。
「親分、身柄調べたあひどうがしょう。あっし[#「あっし」に傍点]もそこを言ってやりやした。瘠せても枯れても他人《ひと》の嚊《かか》あへよくも――。」
「でなにかえ伊助どん。そう追っかけてまで捩《ね》じ込んできたんだから、此家《ここ》で、お前さん立会《たちえ》えのうえで、改めて身柄しらべをしたろうのう、え?」
「へえ。」
「品物は、出やしめえの?」
「親分、それが出ねえくらいなら、お藤も死なずに済むはず――。」
「なに? てえと、出たのか。その珊瑚がお藤さんの身柄から出たのか。」
「へえ。」
「ふうむ。それからどうした。」
「それからあっし[#「あっし」に傍点]も呆れて情なくなって、ずうっ[#「ずうっ」に傍点]と口もきかずにいると、お藤は突っ伏したきりでいやしたが、夜中に走って出てとうとう――。」
「いや、お藤さんにかぎってそんな賊を働くなんてことのあるはずはねえが。」
「親分、あ、あんたがそうおっしゃって下さりゃあ、こいつも浮かばれます。」
 隅に蒲団を被せてある死人を返り見て、伊助は鼻をすすった。
「しかし伊助どん。」ぴりっ[#「ぴりっ」に傍点]とした調子で三次がつづける。「現物が出た以上、それが何よりの証拠だ。やっぱりお藤さんが盗ったものに相違あるめえ。その珊瑚はどうしたえ?」
「番頭が持って帰りやした。」
「のう伊助どん、つかねえことを訊くようだが、お藤さんは月のさわりじゃなかったかな。よくあることよ。月の物のさいちゅうにゃあ婦女《おなご》はふっ[#「ふっ」に傍点]と魔が差すもんだ。ま、気が咎めて自滅したんだろ。葬《とむれ》えが肝腎《かんじん》だ。」
 三次は立ち上った。そして、気がついたように、
「お藤さんのどこから、珊瑚が出ましたえ?」
「へえ。帯の間から。」
 という伊助の返事に、三次は蒲団を捲《まく》って、しばらく死人の帯を裏表審べていたが、やがて、つ[#「つ」に傍点]と顔を上げると、
「伊助どん、この家に、固煉《かたね》りの鬢付《びんつ》け伽羅油《きゃらあぶら》があるかえ。」
「さあ――お藤は伽羅は使わなかったようですが。」
「うん。そうだろ。こりゃあちっと詮議してみべえか。もしお藤さんが潔白《けっぱく》となりゃあ、お前《めえ》に助太刀して仇敵討ちだ。存外おもしれえ狂言があるかもしれねえ。まま明日まで待っておくんなせえ。」
 口唇へ付けるうし[#「うし」に傍点]紅《べに》は、寒《かん》の丑《うし》の日に搾《しぼ》った牛の血から作った物が載りも光沢《つや》も一番好いとなっているが、これから由来して、寒中の丑の日に水揚げした珊瑚は、地色が深くて肌理《きめ》が細かく、その上、ことのほか凝《こ》りが固いが、細工がきくところから、これを丑紅珊瑚と呼んで、好事《こうず》な女たちのあいだに此上《こよ》なく珍重されていた。ことに蔵前の亀安と言えばこの紅珊瑚の細工で売出した老舗、今日問題になった品もうし[#「うし」に傍点]紅物で、細長い平たい面へ九にい[#「い」に傍点]の字の紀国屋《たのすけ》の紋を彫った若意気向き、田之助《たゆう》全盛の時流に投じた、なにしろ金二十五両という亀安自慢の売出物だったとのこと。
 伊助の口からこれだけ聞出すと、早耳三次、そそくさ[#「そそくさ」に傍点]と瓦屋の家を出た。
 明けにも間がある。何かしきりに考えながら帰路《かえり》を急いで、三次は花川戸の自宅《いえ》を起した。

      三

 紺《こん》の亀甲《きっこう》の結城《ゆうき》、茶博多《ちゃはかた》の帯を甲斐《かい》の口に、渋く堅気に※[#「にんべん+扮のつくり」、第3水準1−14−9]《つく》った三次、夜が明けるが早いか亀安の暖簾《のれん》を潜った。
 四十あまりの大番頭が端近の火鉢に凭《もた》れて店番しているのを見て、三次は、ははあ、これが昨日瓦屋へ談じ込んで行った白鼠だな、と思った。
 上り框《がまち》へ腰を下ろしながら見ると、上り際の縁板の上へ出して、畳から高さ一尺ほどの紫檀《したん》の台が置いてあって、玳瑁《たいまい》の櫛や翡翠《ひすい》象牙《ぞうげ》水晶《すいしょう》瑪瑙《めのう》をはじめ、金銀の細工物など、値の張った流行《はやり》の品が、客の眼を惹くように並べてあった。台の上部《うえ》は土
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