人の家へ引取らせた。あとで井戸の周囲《まわり》を見ると、土に血の跡が滲み込んで、洗場の石の角々にも流れ残った血糊が赤黒く付着《くっつ》いている。言うまでもなく犯人《ほし》はここでお菊を殺して、音のしないようにと水桶に縛りつけて井戸へ下ろしてから、血刀や返り血を洗って行ったものであろうが、そうとすれば少しは物音もしたはずだと思って、三次が傍の人々に訊いてみると、そのなかでこういう申立てをした者があった。
「へえ、わっちが眠りについて少しばかりとろとろ[#「とろとろ」に傍点]としたかと思うころ、井戸端で人の呻きと水を流す音が聞えましたが、きっとまた蜻蛉《とんぼ》野郎が食い酔って来やあがって水でも呑んでいるんだろうと、わっちは別に気にも懸けずにね、へえ、そのまま眠ってしまいましたよ。」
「何時《なんどき》でした。」
「さあ、かれこれあれで四つでしたかしら。」
 これを聞いて思い出したものか、同じことを言う者が二、三人出て来たので、三次は懐中から今の櫛を出して一同に見せた。玳瑁《たいまい》の地に金蒔絵《きんまきえ》で丸にい[#「い」に傍点]の字の田之助《たゆう》の紋が打ってあるという豪勢な物、
前へ 次へ
全26ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング