のは、初めから、おれの真意ではなかったのだ。まっすぐ乃蛮《ナイマン》へ攻め入りたかったのだが、四天王をはじめ部下のやつらは、きっとこのおれが、昔の合爾合《カルカ》姫のことを根に持って、君に恨みを懐いているだろうと思い、まず、この札荅蘭《ジャダラン》城を屠ろうと言って肯《き》かないのだ。おれも神様じゃあなかった。その家来たちの忠義立てを利用して、何年かの長い間、おれの胸の底に灼きついていた合爾合《カルカ》への恋を果そうとした。それが昨夜の、あの降伏の勧告だ。(自分を責め、蔑むように、強く)敵将の妻を、一夜貸せという――。(ぴたりと札木合《ジャムカ》の前に坐って、男らしく両手を突く)札木合《ジャムカ》っ! 悪かった! 許してくれ! おれは昨夜、月の洩る天幕の中で、良人のため、民のため、身を捨てて氷のように冷たくなっている、あの合爾合《カルカ》の――あの合爾合《カルカ》の眼を見た時、おれという人間が、この成吉思汗《ジンギスカン》という男が、泥草鞋《どろわらじ》のように汚く見えたのだ。毛虫のように醜く見えたのだ。(心からの声)神のように崇高《けだか》い合爾合《カルカ》の心と身体に、どうしてこの
前へ 次へ
全94ページ中90ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング