もないようで、はじめから、てんで聞こうとしないのだ。それかといって、母や自分の過去を話すでもなく、ただ、いま受けている手品の種などを、ひとり言のようにしゃべりつづけているだけだ。
 日本一太郎は、すこし頭の調子が狂っているのだ。そうわかっても、お高はべつに悲しくなかった。莫迦《ばか》[#ルビの「ばか」は底本では「ば」]ばかしい気持ちが先に立って、父に対する感じなどとうてい沸き得なかった。白じらした心もちでその藤代町の宿屋を出た。
 金剛寺坂の若松屋惣七の屋敷へ行ってみると若松屋惣七と紙魚亭主人の麦田一八郎とが、京阪《かみがた》へ行くまえにちょっと帰って来ていた。お高は、久しぶりに佐吉や国平や滝蔵としばらく下男部屋でむだ話をしたのち、このあいだまでの女番頭のころのように、習慣的な軽い足どりで、奥の茶室兼惣七の帳場へ通って行った。
 惣七は、あかるい縁に向かって、しきりに眼を洗っていた。派手な女の衣裳がうごいて、若松屋惣七の視野のなかへぼんやりはいってきたので、若松屋惣七はそれがお高であることを知った。
「高か」
「はい。高でございます。いつ雑賀屋からおもどりになりましたのでございます」
「おお。今のさきもどった」
「あの、麦田様も――」
「うむ。一八郎ももどった。午睡《ひるね》をしている。おせい様と歌子は、たったよ」
「して、旦那様はいつごろ御発足でございますか」
 若松屋惣七と麦田も、あとから二人の女に追いついて、東海道を旅することになっているからだった。
「わからぬ」若松屋惣七は、陽のおもてを雲がはくように、急に不きげんになっていった。「お前にお前の用があるように、わしにもわしの用がある。磯五はどうした? ちょくちょく会っておるのだろう――」
 お高は、父といいこの人といい、じぶんはやっぱりひとりなのだと泪《なみだ》ぐまれてきた。


    藤代町の宿


      一

 若松屋惣七は、お高に案内させて、両国の小屋に日本一太郎をたずねた。裏へまわって、楽屋番に小粒をつかませると、まもなく筵《むしろ》をはぐって、舞台着のままの相良寛十郎が出て来た。お高と、つれの若松屋惣七を見ても、べつにおどろいたようすもなく、近づきになりたいからそこらの食べもの屋までつきあってくれないかという若松屋惣七の申し出にすぐに同意して、着がえを済ましてつれ立って歩き出した。
 三人は押し黙って両国橋を渡って米沢町《よねざわちょう》のほうへ行って、それから新地《しんち》へ曲がった。そこのごたごたした横町をはいったところに、鯉《こい》こくで有名な川半《かわはん》という料理屋があった。三人は、若松屋惣七を先に、そこの二階へ上がって行った。
 若松屋惣七と相良寛十郎は、何ということもなく、それからそれと話しているだけだった。ただ、相良寛十郎は、相良寛十郎と呼ばれることをいやがって、芸名の日本一太郎で呼んでくれといった。
 お高は、食べることもせず、はなしにも口を出さず、このあいだからの気苦労と、進んできたからだのぐあいとで、疲れて見えていた。低い欄干のついている窓の下に、流れるようにつづく雑沓を見おろして、ぼんやりすわっていた。
 そのうちに若松屋惣七も日本一太郎も、話材がなくなって口をつぐんでしまった。
「それではこれで失礼をいたします」日本一太郎は、舞台で口上を述べるときのように、四角張って手を突いて、若松屋惣七と、それから自分の娘のお高のほうへも、等分に慇懃《いんぎん》なおじぎをした。「食べ立ちのようで、心苦しゅうございますが、手まえは、舞台がございますので」
 そういって、さっさとおりて帰ってしまった。若松屋惣七とお高も、しかたがないので、日本一太郎を送って、川半を出た。出てみると、もう日本一太郎は、あとも見ずに、急ぎ足にすたすた小屋のほうへ歩き去っていた。
 若松屋惣七とお高は、途中で駕籠を拾おうということになって、柳原《やなぎはら》の土手を筋違御門《すじちがいごもん》のほうへ歩き出したが、お高は、父が、あまりそっけないので、若松屋惣七に気の毒でならなかった。
 若松屋惣七は、平気だった。生まれのいいことを思わせる、押し出しのきく、立派な老人であると日本一太郎のことを思っていた。ただ何となく飽き足らないところがあるような気がして、それは何であろうかと、若松屋惣七は考えていた。しかし、変わった面白い人物であると好い印象を受けていた。
「よい父御《ててご》じゃが、勝手なことをいわせてくれるなら、ちとどうも信じ難い気がする、あの人の態度に、そういうところが見えるというのだ。わしには、あの人はわからんかもしらんが――なぜ本名をきらっておらるるのだろう?」
「どうかしているのでございますよ。昔のことを思い出したくないのでございましょうよ。わたくしなどとも会いたがっておりませんでございますもの」
「ふーむ。柘植家の金のことを知っておって、お前を捜し出そうともせず、今までどこで何をしていたものであろう」
「それはわたくしも、はっきりは存じませんでございます。一空様も木場の親方さんも、誰もご存じないのでございます。父も、何も申しませんのでございます」
「妙なはなしだな。みたところ、さほど金に恬淡《てんたん》たる仁《ひと》のようにも思われぬが――」若松屋惣七は、眉を寄せてつづけた。
「何ゆえお前を人手に渡したか、そこらのところを話したかな?」
「はい。旅から旅へ歩くのに、赤児《あかご》をつれていては、手足まといになるとか――」
「して、お前をもらい受けた男が、相良寛十郎と名乗って、実の父になりすまして死んでいったわけは?」
「そのことは、父は何も申しませんでございます」
「ちとどうもくさい。ようすがおかしい」若松屋惣七は、うめくような声だ。「あの日本一太郎とやら、実の父御ではないかもしれぬ。どうやらわしは食わせもののような気がしてならぬのだ」
「でも」お高の額部《ひたひ》は、おどろきのため白いのだ。「何しにそんな、そんな――それに、一空さまも木場の親方も、わたくしの乳母であったというお婆《ばあ》さんも、みんな一眼見て、あれが実の父の相良寛十郎であるとおっしゃっておいでなのでございます。旦那様、皆がみな、そんな間違いをなさるはずはございませんですよ。あの日本一太郎という手妻《てづま》使いの人は、ほんとにわたくしの父なのでございますよ」
 若松屋惣七は、口を固く結んで、何もいわないのだ。
 かすんだ眼に異様なひかりがきて、土手をたどる杖が早くなった。片手を引いていたお高は、引かれるような恰好になって、いそいで出て、ならんだ。

      二

 雑賀屋のおせい様と歌子は、とうに上方へ発足したあとで、若松屋惣七と紙魚亭主人の麦田一八郎もすぐ追いかけて、途中でいっしょになって四人で旅することになっていたのだが、紙魚亭主人は、江戸から九里あまりほどある岩槻藩の大岡兵庫頭《おおおかひょうごのかみ》、二万三千石のお徒士組《かちぐみ》で、なかなかやかましい武士《さむらい》なのだけれど、発句《ほっく》をもてあそんだりして、酔狂なこころで酔狂な服装《なり》をしていることが好きであった。ことに江戸へ出てくると、町人とも宗匠ともつかない、不思議な恰好でぶらぶらしていて、いつまでも岩槻藩へ帰ろうとはしなかった。
 おまけに今度は、藩のほうへ暇を願って、若松屋惣七といっしょに東海道を下ってみようと思い立ったのだが、それが許されずに、江戸の兵庫頭の上屋敷から呼び出しがあって、すぐに国表へかえらなければならないことになった。
 そこへ持ってきて、若松屋惣七にも、何やかや用事ができてきて予定どおり二人の女のあとを追って旅に出るわけにはいかなくなったので、その旨をしたためた書状を持って、ただちに金剛寺坂から飛脚が飛んで、おせい様と歌子を追いかけた。
 途中で、心待ちに若松屋惣七と紙魚亭を待って、約束によって府中のこっちの由井《ゆい》宿で、同じ宿屋に泊まりを重ねていたおせい様と歌子は、その飛脚の文《ふみ》を見ると、歌子というものがついているのだから、女同士でもこころ細いわけではないのだけれど、やはり心ぼそいかつまらないかで、旅をつづける気にならなかったものとみえて、忘れたころになって、ぼんやり江戸へ帰って来ていた。
 だまされたような不平な口ぶりで、歌子はそのまま牛込矢来下《うしごめやらいした》の家《うち》へはいるし、おせい様は、下谷《したや》の拝領町屋の雑賀屋へ舞いもどって、いきおいこんで府中の手前まで用もない旅をしたのはどこの人だというような、けろりと莫迦ばかしい顔をして暮らしていた。
 が、そのうちに若松屋惣七は、いよいよ掛川で具足屋をやっている龍造寺主計をたずねて、一人で旅に出ることになった。
「あすたとうと思う」
 小雨の縁だ。若松屋惣七は、その、うっすらと小雨の吹きこむ縁側にあぐらをかいて足の爪を切りながら、うしろの敷居にしゃがんで障子にもたれていたお高を、ちょっとふり返った。お高は蜘蛛《くも》の巣のような、細い白く光る雨あしをぼんやり見ていた眼を、あわてて伏せた。
 お高は、若松屋惣七の屋敷を出て、どこかへ行ってしまうといって雑司ヶ谷の雑賀屋の寮から帰って来たくせに、まだこの金剛寺坂にずるずるべったりに厄介になっているのだ。しかし、もう若松屋の女番頭として、金勘定や帳簿を見ているわけではなく、いわば客分として、若松屋惣七のいうままに、逗留《とうりゅう》しているかたちだった。
 お高がこたえないので、若松屋惣七がつづけた。
「一日延ばしに延ばして参ったが、もう延ばせぬ。こんどこそは、行かずばなるまい。龍造寺殿は、あまりに行く行くというて行かぬので怒っておらるるかもしれぬぞ。とにかく、具足屋は立派に芽を吹きました。何から何まで、龍造寺殿のおかげじゃ。繁昌《はんじょう》ぶりを見て、とっくりとお礼を申し上げたいと思う。あすたちます」
 お高は、やっといった。
「ごきげんようおいでなされませ」
「ふん。それだけの挨拶か」
「お達者で――」
「ははは、お前も、達者でくらすがよい。いや一年も二年も帰らぬようないいぐさだな。ナニすぐもどって参る」
「ほんとに一年も二年も、お眼にかかりませんつもりでございます。おかえりになりましても高とのことはもうこれきりでございます」
 若松屋惣七は、見えない眼をぐっと見ひらいて、お高の顔を探した。
「なぜそんなことをいうのだ」
「なぜでも、もうお眼にかかりませんでございます」
「まだあの磯五のことが気になっているのだな、縁切り状を書いたとか、書かせたとか、磯五からもお前からも聞いたようにおぼえているが、あれは、つくりごとであったのだろう。うう、なに夫婦のあいだのことだ。何を申し合わせて他人をいつわろうと、それはそっちのこと。だまされた他人のおれが、愚かであったよ」

      三

 袂で顔と泣き声をおおったお高だ。ふらふらとたって、その、惣七の帳場になっている奥の茶室を出て行こうとした。
 若松屋惣七の眼が、じろりと光って、お高を追った。
「どうするつもりなのだ」
 お高は、手をかけた襖に顔を押し当てて、肩をふるわせてむせび泣いていた。
 草をたたく雨の音がしていた。灰いろの重い雲が、庭の立ち樹のすぐ上にあるのだ。近くの枝から枝へ、濡れた鳥の声がするのだ。しいんと遠のいた江戸の巷音《こうおん》だ。はねつるべの音がしていた。その、番傘《ばんがさ》をさして水をくんでいる国平の番傘が、青桐《あおぎり》の幹のあいだに、半分だけ見えていた。
「拝領町屋のおせい様の家へ行って、当分おせい様といっしょにくらす考えでございます。おせい様はお可哀そうでございますよ。おせい様は、ああして歌子さまと旅には出たものの、あきらめ切れないで帰っておいでなすったのでございます」
「あきらめ切れずにと申して、磯五のことか」
「はい。おせい様はまた、あの五兵衛さんのことを想《おも》っていらっしゃるのでございますよ」
「女というものは不思議なものだな。また、かの磯五のごとき男
前へ 次へ
全56ページ中46ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング