から、道路で遊ばせておくことはできん」子供好きの一空さまは、子供のことをいうときだけは、眼を光らせていた。
「そこへおりよく龍造寺どのの喜捨があったので、洗耳房へ遊び場を建て増ししたわけじゃ。あの仁をわしのところへよこしたのは、あんただということじゃから、本人がここに出ておらんならあんたでもよい。ちょっと来て、餓鬼どもがよろこんどるところを見てやってくれんか。それはえらい騒ぎをやりおる」
お高は洗耳房の子供たちがあたらしい遊び部屋で自由にはねまわっているところを見たい気がした。無邪気な童子のむれに接すれば、こころもちが晴ればれしていいだろうと思った。
「お供させていただきます」
「そうか。すぐ来てくださるか。それはありがたい」
「ちょっと着がえを――」
「いや、そのままでよい」
「いえ、でも帯《おび》だけ――」
お高は帯を締めかえて出てくると、一空さまは何か考えて待っていたが、はいって来るお高をぼんやり見上げて、夢をみている人のような声できいた。
「あんたは柘植氏《つげうじ》を名乗っておらるるのではないかな。どうも似ておる」
二
お高は、びっくりした。
「はい、母方の姓を柘植と申しました。でも似ているとおっしゃいますのは、わたしがどなたかに似ているのでございますか。そういえば、和尚さまも、俗名を柘植様とおっしゃったそうでございますね」
一空さまは、お高の顔に、改めて眼を凝らしていた。何を考えているのか、その自分の考えていることが信じられないというようすだ。やがて、苦痛の色が、雲のように一空さまの額部《ひたい》を走った。それには、何かはかない思い出を暗示するものがあった。
お高は、へんに思った。一空さまのそばへ行ってすわった。
「どうなすったのでございます。一空さまは、うちの母をご存じでいらっしゃいますか。何かつながりに、なっていらっしゃるのでございますか」
一空さまの眼は、恐ろしいものを見てるようにさえ見えるのだ。一空さまが、きいた。
「お父うえのお名は、何といわれたかな」
「父は相良《さがら》と申しましてございます」
憎悪と恐怖のいろが、一空さまの表情《かお》のうえで一時に交錯したから、お高がいっそうぎょっとしていると、
「相良|寛十郎《かんじゅうろう》どのであろう。存じておる。深川の古石場《ふるいしば》にお住みだったな」
という一空さまのことばにお高はいよいよ乗り出して、
「どうしてそうあなた様は、父や母のことをごぞんじなのでございますか」
「母者人の柘植ゆうと、生前近しくしておりました」
「親類の方ででもいらっしゃいますか」
「同じ柘植じゃ。遠縁の者です」
「でも、わたくしの顔が、そんなに母に似ておりましょうか」
「似ているとも。そっくりじゃわい」
「わたくしの顔から、母のことを思い出しなすったにしても、はじめ、妙なお顔をなさいましたねえ。いいえ、今でも、妙なお顔をなすっていらっしゃいますよ。どういうわけでございましょうか」
「ははは」一空さまは、へんなぐあいに笑ったきり、黙りこんでしまうのだ。やがて、やっと感情を押えたような、この人には珍しい、低いきまじめな声だ。
「古い思い出は、いつもしめっぽいものじゃて。おゆうさんは、[#「おゆうさんは、」は底本では「おゆうさんは。」]若死にだった」
おゆうというのは、お高の母であった。お高は一度に、小女《こども》のような甘い感傷に包まれていった。
「どうぞ母のことをお聞かせなすってくださいまし」お高は、うつむいていた。「わたくしは、ちっとも覚えておりませんでございます」
「そうであろう。美しかったな。善《よ》い女《ひと》であったぞ。父御《ててご》は、母《かか》さんのことを話されなかったかな」
「いいえ。一度も。母が死にましてから、父は人が変わったのであろうと思いますでございますよ。自暴《やけ》でございました。家は古石場にございましたが、しじゅう江戸を離れて、旅がちでございました。交わる人もございませんでした。ほんとに一人きり――わたくしとふたりきりの、さびしい暮らしでございました」
「いつ亡《な》くなられたかな」
「父でございますか。もう六年になりますでございます」
「あとを困らんようにして、なくなられたであろうな」
禅宗の坊さまが、金のことをいうなど、お高は奇妙に感じた。が、やっとひとり娘の自分がつましく食べてゆけるだけ、それも、どうやらこうやら路頭に迷わないですむ程度だったと答えると、一空さまが、その父の相良寛十郎の遺《のこ》した金はいくらあったかと問いかえしたので、お高は、奇異の思いを深めながら、
「そんなことはよろしいではございませんか。父の残しました家財や地所を、お金に換えまして、しばらく持っておりましてございますが、悪い人のために、そっくりなくしまして、それから、あちこち奉公に出ましたのち、ただいまはこの若松屋様に御厄介になっておりますのでございます」
一空さまは、急に思い出して、たち上がった。
「お、餓鬼どものことを忘れておった。さ、洗耳房へ参ろう。やんちゃども、待ちくたびれておるに相違ない」
三
風のひどい日だ。空がうなっているのだ。樹々は、髪を振り乱して泣き叫んでいる狂女のむれだ。眼に見えないうずまきが、玉のように往来をころがって行って、家々の塀《へい》にぶつかって爆発するのだ。砂けむりが上がっていた。いつのまにか来て江戸をかきまわしているのはこの眼も口もあけない暴風だ。
お高は、夢にいた。親戚《しんせき》のひとり、母方の血縁の人が、みつかったのだ。これは、思いがけないことだ。じぶんには親類はないのだろうとあきらめてはいたが、それでも、あればいいと、この年月ひそかに心にかけて捜していたのだ。それが、わかってみると、隣の慧日山金剛寺の一空さまなのだ。ありがたい、このお人なら、たよりになる。これから何かと相談相手になってもらおう。
しかし、その一空さまが、何か悲しい話を持っていそうなのが、お高を悲しくしていた。父の相良寛十郎と、母のおゆうと、この一空和尚とのあいだの古傷のようなものを、和尚は、隠しているらしいのだ。お高は、一空さまとならんで歩きながら、とりすがるようにして、そのことをきいてみた。
おゆうさんがなくなる前は、わしもしばらく遠のいておったから――一空さまは、そんな答えだったが、お高は、そうして母のことをきくと、一空さまが苦しそうに見えるので、よすことにした。ことによると、母と何かあって、そのためにこの人は、出家なぞなすったのではなかろうかと、気がついた。
だがこの洒々落々《しゃしゃらくらく》とした禅の坊さまと、自分の母とはいえ、一人のおんなとを結びつけて考えるのは、滑稽《こっけい》なようにも思えた。
父については、一空さまもよろこんで話した。ふたりは、楼門《さんもん》からはいっていくために、まっすぐ金剛寺坂をおりて、いちおう金剛寺門前町の大通りへ出ようとしていた。
一空さまが、風のあいだに、いっていた。
「大名のような暮らしをしたであろうがの、あんたと父御《ててご》は」
「どういたしまして」お高は、おどろいた声だ。「なぜでございます」
「ふうむ。つかわんまでも、相良どのは、たいそうな金持ちであったはずじゃ」
「いいえ。ちっともお金持ちでなんぞございませんでしたよ。貧乏でございましたよ。古石場の屋敷なぞ、留守《るす》がちでございましたから、それはそれは汚れて、荒れほうだいでございましたよ。
わたくしも、父につれられて、あちこち旅をいたしましてねえ、また、父は、そのほうの眼が肥えておりましたので、家には、諸国の珍しい品がたんとございましたが、わたくしが、家を畳みますときに、みんな売り払いましてございますよ」
「するとあんたは、父親が大分限者《だいぶげんじゃ》であったことに、気がつかれなかったというのじゃな」
「妙なお話でございますねえ。父は、大分限者でも何でもございませんでしたよ。大分限者どころか、ずいぶん困りましたこともありましてございますよ」
「おゆうさんは、香が好きでな。日本中をはじめ、唐《から》朝鮮の珍稀《ちんき》な香炉をずいぶんと金にあかしてたくさん集めてもっておられたが、あのうちの一つだけでも、大店《おおだな》の一つや二つには価《あたい》する大財産じゃ。あの香炉は皆どうなったかな」
「おっしゃることがすこしもわかりませんでございます。そんな香炉など、わたくしは、見たことも聞いたこともございませんですよ」
「相良どのが死なれたとき、大口の借銭でも遺されたかな」
「いいえ、そんな引っかかりは何もございませんでした。きれいなものでございました」
「はて! あと始末は誰がしたのじゃ。」
「深川の顔役さんで、木場《きば》の甚《じん》とおっしゃる人が、すっかりめんどうをみてくださいましたよ」
「ほかに、相良どのの在世中、出はいりして、家事向きの相談にあずかった者があろうが」
「いいえ。そういう方は、ひとりもございませんでしたよ。さっきから申しますとおり、江戸にいましたりいませんでしたり、それに交際《つきあい》ということの大きらいな人でございましたから」
お高がそういうと、一空さまは、じつに不思議な話だといって、しきりに首をひねるのだ。容易に信じようとしないのだ。何がそんなに不思議なのかと、お高こそ、不思議でならなかった。
それから、一空さまは、相良寛十郎が死んだとは知らなかったこと、後妻を迎えはしなかったかのと、いろんなことをきいた。お高は、たった一年、父が南のほうへ旅に出たあいだ離れて暮らしただけで、ほかはいつもいっしょにいたのだから、じぶんの知らない妻や妾《めかけ》があったはずはないと断言した。
一空さまが、あんまり亡父《ちち》のことを根掘り葉ほりきくので、お高は、すこし不愉快になってきた。黙っていると、一空さまは、ひとり言のように繰り返した。
「合点がゆかぬ。どうも合点がゆかぬ」
「何がそう合点がゆかないのでございます」
お高が、一空さまの顔を見上げたとき、ふたりは、金剛寺門前町のごみごみした通りにさしかかっていた。
四
むこうに山門が見えている。風が、路上を狂奔している。かなりに広い通りだ。両側は、金剛寺をはじめこのへんの武家やしきで立っている小売りの店屋だ。米、味噌、醤油、酒、油、反物、筆墨、小間物、菓子、瀬戸物、履物《はきもの》類、その他の日用品をひさぐ店が、ずらりと櫛比《しっび》しているのだ。
大したものはなくても、何でも用が足りる。この山の手での下町で、近所に重宝がられてきた小商人の町すじなのだ。ここだけで、さながら独立の一商業区域をつくっている。遠く神田|京橋《きょうばし》、日本橋へ出なくても、ここへさえおりてくればおよそないものはない。昔から、ここらの寺と武家屋敷に囲まれて、切り離されたように独自の発達を遂げてきた一劃《いつかく》だ。それが、金剛寺門前町である。なかなかにぎやかな街景だ。
ことに、今夜は縁日が立つらしく、風の中で、地割りの相談をしている人がある。子供相手の面白焼きが地面に筵《むしろ》を敷いて支度をしている。風に追われて、娘たちが派手な衣装をひるがえして町を横ぎったりしているのだが、何となくひっそりしているのである。
といって、この風にもかかわらず、人通りは、いつもより多いようだ。それでいて、華《はな》やかな笑い声一つなく両側の店をのぞいて行くと、暗い額部《ひたい》をした主人《あるじ》や番頭が、ひそひそ話し合っている。やくざ者らしい風俗の男たちが、上がり框《がまち》に腰かけて、真っ赤な顔をして、何かしきりに弁じ立てていたりする。丁稚《でっち》が、そろばんを突っかえ棒に、きちんとすわったまま眠っているような、いつもの風景もない。
出たりはいったりする女の顔まで、殺気走って、何かしら、押えつけている昂奮《こうふん》が感じられるのだ。その、ひそかなる戦意といったようなものが、風といっしょに、町全体に流れわたって
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