い声だ。「わしが大馬鹿だった。誰を恨みようもない。おのが綯《な》った縄《なわ》で、縊《くび》れ死ぬようなものなのだ。お高どの、掛川宿《かけがわじゅく》の具足屋という宿屋のことを話したことがあったかな?」
「はい。伺いましてございます。脇本陣《わきほんじん》とやらで、たいそうお立派な御普請でございます。いつぞやも絵図面を見せていただきましてございます」
「そうであったかな。あの具足屋の一件なのだ。掛川までは、わたしも、ちと手を伸ばし過ぎたのでしょう。今ごろたたって参った」
「とおっしゃいますと、すこしも引き合わないのでございますか」
「いや、ひき合わぬことは、はじめからわかっておった。宿場の旅籠《はたご》などという稼業《しょうばい》は、俗にも三年宿屋と申してな、はじめてから三年のあいだは、おろした資本《もとで》がすこしもかえらぬのが、ほんとうだ。その三年のあいだに、ちっとでも利をみようというほうが、むりなのだ。だから、もうけのないことも、当分は金を食う一方であることも、驚かぬぞ」

      二

「が、その三年目も、来年である。来年になれば、具足屋もそろそろ上がりがあろうと思っておっ
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