帰って来ればわかることだと思いつづけた。
 お高にはわからないのだ。が、これが若松屋惣七なら、おせい様を一瞥《ひとめ》見ただけで、すべてがわかるはずだ。磯五としては、やりそうなことなのだ。
 すこし苦味の加わったくどき上手《じょうず》の色男が、この茶道あがりの磯屋五兵衛である。女盛りに良人に先立たれて、子供もなく、小判の番人をしているだけで、こころのやり場がなかったのがおせい様だ。ことに、この年までほんとに愛したことも、愛されたこともないおせい様だ。磯五に会ってはじめて、男を想うことを知ったといってもいいのであろう。
 この人のいいおせい様を、女たらしの磯五が巧みにくどいて、夫婦約束までして、色仕掛けで金を絞ろうとしているこんたんや、その脂《あぶら》っこいくどきの場面が、まるで浄瑠璃《じょうるり》にかけるように、眼に見えるような気がするのだ。
 もちろん磯五は、恋というものを餌《え》に、おせい様のまごころをあやつって、金を吐き出させようとしているだけのことなのだ。中年女の激しい恋だ。金が眼当ての磯五の色細工などには気がつかずに、おせい様は、一すじに磯五を思って、要求するものは何でも与え
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