す。小石川の金剛寺門前町にこのあいだできました和泉屋《こちら》の出店でございます。あれをとりいそぎ手を引いていただきたいのでございます」
皆が立ちさわいで、がやがやしているうちに、お高の声は、ちょっと甲だかに聞こえた。
「昔から小さな店がつづいてきているところへ、こんどこちらの万屋ができたのでございますから、地元の商人《あきんど》は上がったりでございますよ。そのために、ご存じのような騒動もございましたし、それからも、あの町の小売りあきんどで店をしめましたり、夜逃げをしましたりする人が多うございます。
可哀そうでございますよ。可哀そうでございますから、あの金剛寺門前町のお店だけは、人助けにしめてやってくださいましよ」
座が一時にしずかになって、眼という眼が与兵衛に向けられた。が、与兵衛は、長いこと答えなかった。そして、やっと答えたときには、それは、集まっている一同をはじめ、お高自身も半ば以上期待していたとおりの文句であった。そういうことはできないというのだった。商法は商法であって、慈悲やなさけではないというのだ。お高は、それ以上何もいわなかった。
木場の甚とつれ立って深川要橋の家
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