がしたのだ。刀を引きつけて、どうする気か? ――若松屋惣七は、急に手を引っこめた。同時に、爆発するように笑い上げていた。
 笑っているうちに、磯五の顔が、うっすらと見えてきた。すると、なぜお高がこの男といっしょになったか、のみならず、二千両という金を着服されて逃げられたのちまでも、いまだに、いささかの恋情を残しているそのわけが、若松屋惣七にははっきり[#「はっきり」に傍点]わかる気がした。磯五の男ぶりは、若松屋惣七も認めざるを得なかったのだ。とともに、さっきお高はいった。良人はそのうちにきっと何かえらいことに成功しそうにしじゅうみんなに信じられていたという、その理由も、ほぼうなずくことができた。
 若松屋惣七は、氷のような鋭い頭脳《あたま》を持っている。すぐにものの両面を感得することができるのだ。こういう才能は、眼がわるくなってから、いっそう発達したようである。ものの両側を看破することの速さ――恵まれているといっていいかもしれないが、自分では、呪《のろ》われていると思っていた。気がつき過ぎて余計な不幸を招くたちだ。そう思っていた。
 彼には、磯五という人間のタイプが、書物を読むようにわ
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