いま、金剛寺門前町に起こったあの現実の事件として、また、こうしておゆうの娘であるお高を発見したことによって、一空さまは、霞《かすみ》の向こうの遠い昔の自分を、振り返らされているのである。
 黒い沈黙だ。やがて、一空さまがいった。
「あんたに伝わっておらんとすると、柘植宗庵のつくった大身代は、いったいどこへ行ったのじゃ」
「おおかたつかい果たしたのでございましょうよ」お高は、うつろな声だ。「誰かがねえ」
「そんなことはあり得ぬ。あれだけの身代がつぶれたとすれば、人のうわさにも上ったはずじゃ。ついぞ聞かぬ。また二人や三人がいかに馬鹿金をつこうたところで、そんなことでびく[#「びく」に傍点]ともする身代ではないのだ」
「さようでございますかねえ。そういたしますと、ほんとに妙なことでございますねえ」
「あんたの知らん兄弟でもあって、そっちに遺っておるのではないかな」
「でも、男の兄弟があるなどということは、聞いたこともありませんでございます」
「しかし、何かの理由で、あんたがものごころつかんうちからほかで育てたと考えれば、あんたの知らんのもむりはないということになる」
「それはそうでございます
前へ 次へ
全552ページ中357ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング