んでございます。そんな香炉など、わたくしは、見たことも聞いたこともございませんですよ」
「相良どのが死なれたとき、大口の借銭でも遺されたかな」
「いいえ、そんな引っかかりは何もございませんでした。きれいなものでございました」
「はて! あと始末は誰がしたのじゃ。」
「深川の顔役さんで、木場《きば》の甚《じん》とおっしゃる人が、すっかりめんどうをみてくださいましたよ」
「ほかに、相良どのの在世中、出はいりして、家事向きの相談にあずかった者があろうが」
「いいえ。そういう方は、ひとりもございませんでしたよ。さっきから申しますとおり、江戸にいましたりいませんでしたり、それに交際《つきあい》ということの大きらいな人でございましたから」
 お高がそういうと、一空さまは、じつに不思議な話だといって、しきりに首をひねるのだ。容易に信じようとしないのだ。何がそんなに不思議なのかと、お高こそ、不思議でならなかった。
 それから、一空さまは、相良寛十郎が死んだとは知らなかったこと、後妻を迎えはしなかったかのと、いろんなことをきいた。お高は、たった一年、父が南のほうへ旅に出たあいだ離れて暮らしただけで、ほか
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