んのでございます」
 龍造寺主計は、眼をみはった。
「何か、仔細《しさい》があるのかな」
「なにも仔細はございません」きっぱりいって、お高は、蒼い顔を上げた。「ただ、そのようなことは、考えてみたこともございませんもの」
「考えてみたことがなければいま考えてもらいたい。わたしは、返事があるまで、ここで待とう」
「まあ」お高は笑い出した。「そう右から左に、ごむりでございます」
「むりでもよい。一応よく思案なさい。わしは、だしぬけにいい出してあんたを驚かしたが、あんたは、わしという人間をまだよく知らんのだ。ゆっくりと勘考するがよい。はいという返辞でなくとも、先の望みさえ見せてくれれば、わしは、よろこび勇んで掛川の旅に出られる」
 お高は、はげしく首を振った。
「いいえ、龍造寺さま。あなたの奥様にさせていただくなどと、高は、身分というものを心得ておりますでございます」
「これは異なことを。忘れてはいかん。わしは、もう武士ではないのだ。このとおり、町人である」
「それでも――それでは、はっきりお断わりさせていただきます。龍造寺さま、そればっかりはお許しくださいまし」
 お高の心身を、にわかの悲し
前へ 次へ
全552ページ中226ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング