高音という女です、愚かなやつだ」
「はい」
「きょうは、手紙は、それでおしまいにしましょう」
「はい」
「疲れたであろう。大儀《たいぎ》大儀《たいぎ》。ゆっくり休息なされたがよい」
「はい」
「もうよい。あすまで用はない」
「はい」
「用がないと申したら、用はないのだ」惣七は、じりじりと甲高《かんだか》い声になっていった。「早く、部屋へ引き取れ」
「はい」
「な、何をぐずぐずといたしおるのだ!」
「はい。あの――」
「何?」
「あの、磯五は、磯五とやら申す呉服屋は、そんなに恐ろしい店なのでござりますか」
「恐ろしい? なにがおそろしいのだ。いや、金のこととなると、世間はみんな恐ろしいぞ。金にかけては、人はすべて鬼なのだ。まず、この若松屋惣七がその筆頭かな」
「はい」
「はいという返事は手ひどいぞ。ははははは、なに、このごろ、磯五の店を暖簾ごと買い取ったものがあってな、つまり、磯五は磯五だが、そっくり人手に渡ったのだ。そのあたらしい主人《あるじ》というのが、眉毛に火がついたように、古い貸しの取り立てをはじめている。この高音のほうも、その一つだろう」
「はい。そうしますと磯五には、あたらし
前へ
次へ
全552ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング