「しきりにむごいというが、何もむごいことはあるまい。お前にも、わしの気もちはわかっておるはずだ。おれは、戦っているのだ。お前を求める心と、おれは戦っているのだ。金と若さと美しさがあって何でもできるお前が、このおれのような、近ごろは商売もふるわぬ金貸しに一生しばられて動きの取れんことになっていいという法はない。あはははははは、おれはこれでも、自分を知っておるつもりだよ」
「何をおっしゃるのでございます。旦那様は、高を苦しめ、高を嘲弄《ちょうろう》なすっていらっしゃるのでございます。もしまた、御本心から高の財産がお眼ざわりになっていっしょになってくださらないとおっしゃるのでございましたら、それこそ、つまらないことにわずらわされておいででございます。
どうぞ、そんな添えものをごらんにならないで、高をごらんなすってくださいまし。ほんとうに柘植《つげ》の財産がお気に召さないのでございましたら、高は、惜しくも何ともございません。すぐすてますでございます」
「いかん。そういうことはならぬ。お前とおれは、何というても、これぎりのものだよ。どうにもならぬのだ」
「旦那様は、世間のおもわくばかりお考えでございます。そんなことより、もっと――」
「いいや、どうにもならぬ」
若松屋惣七がいい切ったとき、縁の障子のかげから、龍造寺主計があらわれた。龍造寺主計は、血相を変えていた。龍造寺主計は、刀を抜いて持っていた。
「若松屋。聞いておるとじりじり致すわ。話のわからぬやつだな。何ゆえお高どのをいれぬのだ」
「龍造寺どのか。貴殿の知ったことではない」
若松屋惣七が顔を向けると、龍造寺主計は、気が短いのだ。かっとして、若松屋惣七の顔へ刀をふりおろしたのだ。刀は、惣七の額部《ひたい》をかすめて、むかし女のことで惣七が眉間《みけん》に受けた傷のうえにもう一つ傷を重ねて、血が流れたのを、お高は見た。
同時にお高は、庭のむこうに一空さまが立って、じぶんを呼んでいるような気がして、
「はい」
と叫んで、はだしで戸外へ駈け出ていた。駈け出しながら、そして子供のように泣きながら、お高がちょっとふり返ってみると、龍造寺主計は、刀をぶら下げて、顔をゆがめて、ぼんやり惣七を見おろして立っていた。若松屋惣七は、ひたいの傷を懐紙でおさえて、端然とすわっていた。
五
数寄屋橋ぎわ、南町奉行所の腰かけに、木場の甚が来ていた。お調番所へ名前を通して、ここで待っているのだ。呼び出しを受けて、続々|関係《かかりあい》一同があつまって来る。
若松屋惣七、龍造寺主計、おせい様、一空和尚につれられたお高、お駒、お駒の父の久助などが急に召し出しを受けて、みな不審そうな顔をあつめて、黙りこんでいた。重々しい空気に押されて、ひそひそ話もできかねるのだ。
お高は、小石川の上水へ身を投げたのが、金剛寺門前町の和泉屋の者に助けられて、一空さまのところに届けられていたのだ。そこへ、南の奉行所から差し紙が来たので、一空さま差し添えで蒼《あお》い顔を見せていた。
ちらちらと若松屋惣七のほうを見ると、若松屋惣七は、血の黒く固まった眉間の傷を見せて、何か低声《こごえ》に龍造寺主計と話しこんでいた。ふたりは、ちょっとにしろ、斬ったり斬られたりしたことなどはけろりと忘れて、もと以上に親密になっているようすだった。
龍造寺主計は、一番平然としていた。何事もなかったように、ちょいちょいお高を見て、その鬼瓦《おにがわら》のような顔をしきりにほほえませていた。
おせい様は、お駒といっしょに、久助を左右からはさむように押しならんで、心細そうなようすだった。それとも[#「それとも」はママ]うつむいてめいめいの手をみつめていた。
一空さまと木場の甚が丁寧にあたまをさげ合った。お高も、それで気がついて、木場の甚に挨拶した。
むこうを、遊び人風の男につれられた若い女が、町内の多勢《おおぜい》にかこまれて何か慰められながら、泣き泣きお白洲《しらす》から下がって来た。おもてには、御門番と争う大声がしていた。六尺を持った同心や、書類をかかえた与力たちが、袴《はかま》を鳴らして右往左往していた。あわただしい奉行所の真昼だった。
お高は、控え所の窓へ眼をやった。窓のそとには、白い空があった。雲の峰が立っていた。それは、すくすくと高い雲の峰であった。お高は、何の形に似ているかしらと思って見ているうちに、その雲の峰が非常にいい兆《しるし》のように思われて来て、じぶんの一生と、じぶんの中に発育しつつある小さないのちの前途が、このうえなくかがやかしく約束されているような気がした。[#「気がした。」は底本では「気がした」]お高は、こころの奥で掌《て》を合わせて、雲の峰を拝んだ。
ふと振り返ると、若松屋惣七も、その雲
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