金だけふところに納めて和泉屋と関係を切るか、あるいは今までどおり投資しておいて、総支配の方針に関与するか、お高はどっちを取ることもできるので、お高はどういう返答をするであろうかと、集まっている一同がお高の口もとに視線を集めていると、お高は、白く光るような微笑をうかべていい出した。
「それでは、こちら様の商法にわたくしも口をきかせていただきますとして、さしずめ、総本家の皆さまにお願いがありますでございます」
お高が和泉屋経営の首脳部に割り込んでくるということは、お高を、あきないのことなどわからない普通《なみ》の女であると思っているだけに、集まっている和泉屋の者一同にとっては、かなり迷惑なことでもあり、また業腹《ごうはち》にも感じられた。大旦那の与兵衛などは、明らかにいやな顔をした。
「ははあ、和泉屋のやり口に、何かお気づきの点がおありなので――?」
猪口才《ちょこざい》なといわんばかりの口調だ。
お高は、平気だ。いいたいとおりにいうので、こういうことには、お高は強いのだ。
「はい。出店をひとつしめていただきたいのでございます」
「なに、出店を一つしめろと――?」
「さようでございます。小石川の金剛寺門前町にこのあいだできました和泉屋《こちら》の出店でございます。あれをとりいそぎ手を引いていただきたいのでございます」
皆が立ちさわいで、がやがやしているうちに、お高の声は、ちょっと甲だかに聞こえた。
「昔から小さな店がつづいてきているところへ、こんどこちらの万屋ができたのでございますから、地元の商人《あきんど》は上がったりでございますよ。そのために、ご存じのような騒動もございましたし、それからも、あの町の小売りあきんどで店をしめましたり、夜逃げをしましたりする人が多うございます。
可哀そうでございますよ。可哀そうでございますから、あの金剛寺門前町のお店だけは、人助けにしめてやってくださいましよ」
座が一時にしずかになって、眼という眼が与兵衛に向けられた。が、与兵衛は、長いこと答えなかった。そして、やっと答えたときには、それは、集まっている一同をはじめ、お高自身も半ば以上期待していたとおりの文句であった。そういうことはできないというのだった。商法は商法であって、慈悲やなさけではないというのだ。お高は、それ以上何もいわなかった。
木場の甚とつれ立って深川要橋の家《うち》へ帰ってくると、一空様からの使いが、お高と木場の甚を待ち受けていた。使いの小僧は、一空さまの手紙を持って来ていた。うけ取って、巻き紙を吹き流しにして黙読していた甚が、手紙のうえから、その鋭い眼をお高へ走らせて、
「おどろきなすっちゃいけませんぜ」かわったことをしらせる人の、ゆっくりした口調で、「一空さまからいってきているのです。父御《ててご》の相良寛十郎さんがめっかったというのですよ。やはり、生きていなすった。ここの古石場で死んだ、あの相良寛十郎てえ仁《ひと》は、あれあ、おとっつぁんじゃあなかった――」
三
「わたくしのおとっつぁん――」お高は、金魚のようにあえいで見えた。「わたくしのおとっつぁんの相良寛十郎は、親分さんが始末をしてくだすって、立派に死んでおりますでございます」
「さ、それがです。なるほど、お前さんが父御《ててご》と思いこんで仕えてきた相良さんは死んでいる。が、一空さまのいうのは、おゆうさんの良人の相良さん、お前さんのほんとの父親の相良さんですぜ。証人に出て来た、お前さんの乳母てえ人の話でも、別人なことはわかっているのです。
何でも、ここに書いてあるところじゃあ、おゆうさんが死んだ後、相良さんは大阪でお前さんを養女にやったというのです。そのもらった人が、相良寛十郎になりすまして、実の娘としてお前さんを育てたということですよ」
一空さまが相良寛十郎を発見したのは、あの龍造寺主計の金で洗耳房に建て増しした子供の遊び場であった。
というのは、ときどきここへ子供の好きそうな芸人などを呼んで余興を催すのだが、きのうも、いま両国《りょうごく》に小屋がけしている手品の太夫《たゆう》を招いて学童たちのまえでやってもらったところが、それが、一空さまにもはっきり見覚えのある、おゆうの良人の相良寛十郎だったのだ。日本|一太郎《いちたろう》という芸名で田舎まわりをしている老手品師が、お高の父相良寛十郎のなれの果てであった。
無情を感じたというのだろう。そうでなくても、寛十郎には、性来、放浪癖といったようなものが強かった。おゆうの死後まもなく、まだ赤ん坊であったお高を、旅で会った、どこの何者とも知れない男の手に預けたまま、乞食《こじき》同様の山河の旅にひとり発足したのだった。
そして泊まり合わせた旅の手品師と同行して、いつのまにか手品を習い覚
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