らしい女だと思うと、お高は、自分がひとのことを隙見しているのに気がついて、はっと気がとがめた。いやしいことだと思って、顔が赧くなった。が、いま動けば磯五に見つかると思って、足が釘《くぎ》づけになったようで動けなかった。かえって、どうにかして女の顔を見てやろうと思って、いろいろに角度を計って首をうごかしていた。
 女は、一生懸命に磯五のいうことを聞いているふうだった。するとうつむいてはきものの爪先《つまさき》で小石をもてあそびながら女が向きを変えた。顔が、お高に見えてきた。お高は、その女があまりに美しいので、急に何か光るものを見たように、眼さきがきらきらとした。それほど色の白い、ほっそりした美人であった。
 しかし、眼鼻だちがくっきりあざやかで、大きな眼が、何かしきりにうなずきながら、ほれぼれと磯五をみつめていた。顎《あご》を襟へうずめて、上眼づかいに男を見あげているのだ。そのようすは、女のお高にも悩ましくうつって、いっぽうには、これはいよいよただ者ではないと思わせた。そして、この女も磯五に想いを寄せていて、磯五のためには何でもしようとしているのであることが、磯五を見る女の眼つきから、お高はすぐに読みとることができた。
 お高は反射的に、奥の居間に待っているおせい様のことを思った。また、おせい様のことばかりではなく、さっきより[#「より」に傍点]を戻してくれと磯五にくどかれたときに、あやうくそれに傾きかけたじぶんの心をも思い返していた。お高は、それを思って、ぞっと寒けのようなものに襲われた。同時に、どうしてあの磯五という人には、女という女が心を傾けるのであろうかと不思議に思った。
 その、女をひきよせる磯五の力が何であるのか、わかっているようで、お高にもよくわかっていなかった。それは、お高も、一方では唾棄《だき》しながら、他方では理窟《りくつ》なしに、多分にひかれているひとりであるために相違ない。しかし、このときは、自分のほんとの場処は、あの、小石川の森の奥の、金剛寺坂の若松屋惣七さまのおそばなのだ。そのほかにはないのだと、お高はつくづく思った。そう思うと、あぶないところを救われたような気がした。
 と、磯五からはもう千里も万里も遠のいたようなこころになって、あとのほうは、女をも磯五をも、お高は平気で見ていることができた。ただあのおせい様のことだけが、自分の責任か何ぞ
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