のように、たまらなく気の毒に思われてきた。
 磯五は、女のむっちりした肩に手をまわして、何ごとか耳へいっていた。それが、お高のところからは、女の耳をなめているように見えた。あの人はよく自分にもああしたことがあるとお高は思った。そう思っても、もうべつにいやな気もしなかった。何だか芝居を見ているようで、のぞき見しているのが面白くなってきた。
 女は、白い歯を見せて、もたれかかるように笑っていた。合点々々をしていた。ふたりのからだが、別れた。女は不服そうにちょっとからだをよじっていたが、やがて、磯五が叱《しか》るように何かいうと、やっと別れることを承知したとみえて、白い顔を振り向かせながら、空地の裏の板塀のこわれを抜けて、むこうの横町へ通ずる小路を、いそぎ足に立ち去っていくのが見えた。
 磯五は、離れていく女を見返りもしなかった。ちょっとあたりをうかがって、人通りがないと見ると、するりと小松の下の囲いをくぐって往来へ出て来た。磯五の店でも、誰も気がつかなかった。この以前、二人が別れそうなようすを見せだしたときから、お高は、見つからないように天水桶に身をかばって、そっと磯屋の横の路地へ引っ返していた。
 だいぶ引っかえしたとき、うしろに磯五の跫音《あしおと》がした。いつものやさしい声だ。
「お高じゃないか。何しにこんなところに出ているのだ」

      四

「お前さまをさがしに出たのでございます。後家さまふうのお客さまがお見えになりましたから」
「うむ。おせい様だろう。ちょっと知り人なのだ。気のいい面白い女《ひと》だよ。大事なおとくいでもあるし、いろいろとまた力になってもくださるのだ。御挨拶したか」
 案のじょう、そらとぼけていった。お高も、そのまま黙って並んで歩いて、おせい様から聞いたことも、いま空地《あきち》で女役者らしい女《ひと》と会っていたのを見たことも、いわなかった。いわないほうがいいし、いう必要もないと思った。
 狭い横町なので、並んで歩くと、磯五のからだに触れるのだ。いやな気がした。で、立ちどまって磯五を先へやって、二、三歩遅れて行った。磯五が、ちょっと気がかりなように、ふりかえってきいた。
「問屋の用というのが手間取ってな、届いた荷を見におもての土間まで行っていたのだ。だから、こっちをまわって来た。お前、おせい様に、何といって御挨拶をした」
「御心配なさ
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